6 神勅に現はれた莊嚴な意義

神勅に現はれた莊嚴な意義

 すで日本にっぽん精神せいしんについて概說がいせつした以上、順序として、詔勅しょうちょくの上にあらはれた日本精神に言及する。詔勅しょうちょくは、日本精神の源流であり、寶庫ほうこであり、淵源えんげんである。しんに日本精神を體得たいとくしようとするならば、これを詔勅の上に求めることが最も必要である。在來ざいらい國史家こくしかのうちにさへも、詔勅を歷史の根本資料として拜讀はいどくしなかつたものがあつたり、あるいは敎育家のうちにも、歷代れきだい詔勅拜誦はいしょうする迄に日本的自覺じかくに到達しなかつたものもあつた。したがつて一般人は、敎育勅語ちょくご戊申詔書ぼしんのしょうしょなどについても、その深義を體得たいとくするに至らぬものが多いといふ有樣ありさだつた。が、今や日本精神時代がた以上、これが基礎・生命を詔勅の上に仰いで、力强い向上進展の歩みをつづけてゆかねばならぬ。

 詔勅しょうちょくのうちで、第一にわたくしらが、日本にっぽん精神せいしんの一大光明として仰がねばならぬのは、天照大御神あまてらすおおみかみ神勅しんちょくである。日本は神國しんこくだ。かみ御手お てによつて創成せられた國土こくどだ。『日本書紀』『古事記』に示す如く、日本では、宇宙の根本生命大創造じんとしての天御中主神あめのみなかのぬしのかみがあつて、高皇產靈神たかみむすびのかみ神皇產靈神かみむすびのかみがその創造事業を助成され、天之常立神あめのとこだちのかみ(世界の主神)・國之常立神くにのとこだちのかみ(國土の主神)がこれに次いで出現さるるに及び、日本こくを修理、固成こせいすべき力の根基こんき出來で きた。そのあとを受けて、伊弉諾尊いざなぎのみこと伊弉冉尊いざなみのみこと國土こくど經營けいえいが始まり、天照大御神あまてらすおおみかみにこの國土こくどとこの子孫とを授けられたのである。かういふ風に、古典の上から解釋かいしゃくされてゐる。

 天照大御神あまてらすおおみかみ高天原たかまのはらで、理想的な政治を行はれたが、やがて道義どうぎ建國けんこくにふさはしい、各種の資格を具備ぐ びした日本國にその天孫てんそんを派遣せられ、これが統治にあたらしめたまふについて、神勅しんちょくを下されたのである。

  豐葦原とよあしはら千五百秋ちいほあき瑞穗國みずほのくには、これ子孫うみのこ きみたるべきくになり。よろしくいまし皇孫すめみまいてしらせ、行矣さきくませ寶祚あまつひつぎさかえまさんこと、まさに天壤あめつちきわまりなかるべし。(『日本書紀』)

 如上にょじょう神勅しんちょくの意味は、『思想社會しゃかい篇』において、すで解釋かいしゃくせられてゐるが、ほ一げん、感想を述べると、日本こく道義どうぎ建國けんこくにふさはしい善美ぜんびの地であるといふ事を、づ「豐葦原とよあしはら千五百秋ちいほあき瑞穗國みずほのくに」といはれた言葉の上に表現せられてゐることを感ずる。日本國の特長については、すでに繰返していたから、再說さいせつせぬが、道を建て、道をひろめるといふことが天照大御神あまてらすおおみかみ思召おぼしめしであるから、これにふさはしいのは日本國だといふ正しい認識をされたことが、はつきりあらはれてゐる。ゆえに「わが子孫が王たるべきくにだ」と仰せられた。おうといふ字は、日蓮にちれんが「横の三の字はてんじんなり。たての一文字もんじおうなり。須彌山しゅみせんと申す山の、大地をつきとをして傾かざるが如し。天地人を貫いて少しも傾かざるをおうなづけたり」と解釋かいしゃくしたやうに、天地人さいを貫いて、その德用とくようを一身に備へた偉大な統治者のことである。かうした莊嚴そうごんな意義が、「おう」の一字に含まれてゐる。

 更に「しらす」といふ言葉を、「おさむ」といはないのは、意義の上にことなるところがあるからだつた。漢字の「おさむ」はみだれた世を治めることである。ところが、ここにある「しらす」は「しり」の原語で、正視せいし熟知じゅくちすることにほかならない。いひへると、統治すべき國土こくどの內外・自他・有形ゆうけい無形むけい一切の事情を知つて、その特長を助成し、生々せいせい化々か か妙用みょうようを政治上に發揮はっきすることを意味する。森淸人きよんど氏が『思想社會しゃかい篇』で德治とくち主義の政治だと解したことは、大體だいたいあたつてゐるが、詳しくいふと、以上の如くで、つまり中正ちゅうせい公明こうめいな政治である。すなわち日本の天子てんしが、王者おうしゃとしての德用とくよう發揮はっきして、卓越した政治をほどこし、積慶せっけい重暉ちょうき養正ようせいの三こう具體ぐたい化せらるるところに、偉大な祝福しゅくふくが宿り、光榮こうきが輝いて、萬世ばんせいけいの皇室のもとに、一くん萬民ばんみん國政こくせいがいつ迄もつづく、千萬世ちよろずよまでつづく。かう天照大御神あまてらすおおみかみ豫言よげんし確信せられた。以上について、山鹿やまが素行そこうは、の如く感激の精神せいしん表白ひょうはくした。

  つつしみてあんずるに、これ天神てんじん治道ちどうの始めなり。天壤てんじょうきわまりなしの五字、寶祚ほうそしゅくし、以て治平ちへいの道をつくすなり。れ天地は至誠しせいにしてむことなし。悠遠ゆうえん博厚はっこうにして、物をおおひ、物をせ、しかしてこの無窮むきゅう君子くんし以てみずかつとめ、以てとくあつうせば、すなわくとしてならざるはなし。人君じんくんこれをたいして、四かいぎょすれば、すなわ萬國ばんこくみなやすし。これ天壤てんじょうきわまりなき所以ゆえんなり。(『中朝事實』神治章)

 以上は、天皇天職てんしょくあきらかにしたのであるが、臣民しんみんがこの旨を理解して、一くん萬民ばんみんの政治を謳歌おうかし、禮讃らいさんし、各自そのぶんにいそしむならば、そこに萬世ばんせいわた光輝こうき發揚はつようするわけである。

 右の神勅しんちょくに次いで、わたくしらが日本にっぽん精神せいしんの源流として仰ぐのは、これ又、天照大御神あまてらすおおみかみおおせである。當時とうじ天孫てんそん降臨こうりんの時、寶鏡ほうきょう皇孫こうそんあたへて更にねんごろに敎訓きょうくんされたのであつた。そこに嚴肅げんしゅくな意義が含まれてゐる。

  天照大御神あまてらすおおみかみみて寶鏡たからのかがみを持ちたまひて、天忍穗耳尊あまのおしほみみのみことさずけてぎてのたまわく、みこ、この寶鏡たからのかがみまさんこと、まさにるがごとくすべし。ともみゆかを同じくし、殿みあらかを共にし、以て齋鏡いわいのかがみすべし。

  又みことのりしてのたまわく、高天原たかまのはらきこしめ齋庭ゆにわいなほを以て、またみこまかせまつる。(以上『日本書紀』)

 前者(寶鏡)について、藤田ふじた東湖とうこは、『弘道館こうどうかん記述』のうちで、所感を謹述きんじゅつし、「祭祀さいしの道、孝敬こうけいの義、けだ天祖てんそに起れるなり。何を以てかこれちょうする。天孫てんそん下土か ど降臨こうりんするや、天祖てんそてずか寶鏡ほうきょうして之を授け、よっしゅくしてのたまわく、よ、寶鏡ほうきょうること、まさわれるがごとくすべし。とも殿みあらかを同くし、ゆかを共にし、以て齋鏡さいきょうせ。と照々しょうしょうたる明訓めいくんじつ聖子せいし神孫しんそん遵奉じゅんぽうするところ、しかして祭祀さいしの道、孝敬こうけいの義、これゆるものあらんや。れ父母あつて、しかのちに子孫あり。すなわち子孫の父祖ふ そに於ける、けるやこれつかへ、死せるやこれを祭る。もとより自然の道なり。しかして子々し し孫々そんそん歷世れきせいあいけ、千萬年まんねんに至るといえども、始祖し そもとづく所以ゆえんのもの自若じじゃくたるなり。すなわの遠きを追ひ、もとむくゆるの義、千萬年まんねんに至るといえども、以てゆるがせにすべからざるなり」とつた。

 けだし古代においては、政治すなわ祭祀さいし祭祀さいしすなわち政治であつた。したがつて、祭祀さいしまことを致すことは、やがて政治にまことを致すことだつた。祭政さいせいといひ、政敎せいきょう不二ふ にといひ、いづれもかうした意義の發現はつげんである。當時とうじ天照大御神あまてらすおおみかみ御俤みすがたをそのまま打仰うちあおぐ感じのする鏡を奉祀ほうしして、同床どうしょう共殿きょうでん・緊張かみと共に思ひ、かみと共に考へられたことは孝敬こうけいの典型を示されたのである。この精神せいしんは、やがて臣民しんみんに向つて、忠孝ちゅうこうぽんの道を敎へらるる淵源えんげんとなつた。すなわち皇室においては、祭政さいせいもといとなり、一般に向つては、忠孝ちゅうこうの道のいしずえとなつたといへる。

 更に後者(齋庭の穗)について、曾澤あいざわ正志せいしは『新論』のうちで、所感を謹述きんじゅつし、「天祖てんそ嘉榖かこくの種を得て、以爲お もへらく、以て蒼生そうせいを生活すべしと。すなわこれ御田み たう。又、口にまゆを含みて、始めてかいこを養ふの道あり。これ萬民ばんみん衣⻝いしょくもとす。天下を皇孫こうそんつたふるに及び、特にこれを授け、齋庭ゆにわいなほを以て、民命みんめいを重んじ、嘉榖かこくたっとたま所以ゆえんのもの、またつべきなり」と述べた。きに鏡についての御敎訓ごきょうくんにおいては、敎化きょうかの意義を示され、更に齋庭ゆにわいなほについては、萬民ばんみんの生活安定を重んぜらるるの精神せいしん發揚はつようせられた。敎化きょうかの行はるるところ、そこに忠孝ちゅうこうぽんの道が起り、生活安定のそんするところ、そこに一切の幸福が生れる。大御神おおみかみ神勅しんちょくあらはれた精神せいしんは、皇道こうどうの源流となり、國家こっかの根本生命をつちかふ力となつた。日本にっぽん精神せいしんよっきたるところは、ここにある。神武じんむ天皇雄大莊嚴そうごん御考おかんがへも、以上に胚胎はいたいしたとつて差支さしつかへあるまい。