5 輳合・調和の妙作用と道の實踐性

輳合・調和の妙作用と道の實踐性

 (第三)日本にっぽん精神せいしん中正ちゅうせい不偏ふへんを要素とするとは、どんな意味か。中正不偏の意義は、支那し なにおいてもかれてゐる。けれどもこれが意義を事每ことごと實現じつげんしてゆく上では、日本の方が遙かにすぐれてゐる。山鹿やまが素行そこうは、日本精神の一要素が中正不偏の上にあることを『中朝ちゅうちょう事實じじつ』の上において述べ、水戸み と義公ぎこうの『梅里ばいり先生せんせい碑文ひぶん』のうちにも述べられてゐる。その後、水戸學みとがくを大成した藤田ふじた東湖とうこに至つては、一そう、これを高調した。

 更に新しいところでは、アメリカの日本研究家メエソン氏(J.W.T.Mason)氏が、その代表的名著『創造的東洋』(The Creative East)の一部で、日本の中正ちゅうせい不偏ふへんについて、十分に論述してゐる。メエソン氏は、ベルグソンの創造主義的な哲學てつがくに共鳴し、自我完成の三要素として、功利こうり精神せいしん審美しんびなどをかぞへ、以上が融合し、一するところにしんの自由な創造があるとする。ところが、西洋では功利こうり偏重へんちょうし、印度いんどでは精神せいしんを尊重しすぎ、支那し なでは審美しんび本位ほんいとするといふ具合に、いづれも、その融合・一を見ない。すなわちある一てんでは、各自、非常にずばけたところがあるけれども、あまりに一方にかたよりすぎ、自我完成の三要素が、やわらかく一つにふことなしに、とがとがしく相剋そうこくし合ふといつたやうな、ばらばらの有樣ありさしてゐる。メエソン氏は、すこぶるこのてん遺憾いかんとしてゐる。

 そんなら日本はどうか。メエソン氏は、それについて、日本こそ中正ちゅうせい不偏ふへんで、功利こうり精神せいしん審美しんびの三要素を比較的巧妙に調和せしめてゐると解釋かいしゃくした。すなわち氏は「西洋では、功利こうり主義・精神せいしん主義・審美しんび主義は、互ひにおかはねば結合されぬ沒交渉ぼつこうしょうな三要素として考へられてゐるが、日本では、以上の三要素が人爲じんい的に强制きょうせいされないで、しかも自然に融合してゐる」と述べ、これを賞揚しょうようした。それはつまり、日本人が功利こうりに偏らず、精神せいしんのみにとらはれず、審美しんびばかりに溺れないで、中正不偏な行動を執つためである。藤田ふじた東湖とうこはこの意味を高調して、

  神州しんしゅう(神國日本)の道をほうじて、西土せいど支那)のおしえり、忠孝ちゅうこうなく、文武ぶんぶわかれず、學問がくもん・事業こうことにせず、かみうやまひ、じゅたっとび、偏黨へんとうあることなし。(『弘道館記述義』)

つた。すなわち根本においては、古代理想主義に起ち、かむながらの道をほうずるが、方法上、儒敎じゅきょうの長所を生かしてこれを理論上に採取さいしゅし、中正ちゅうせい不偏ふへん的だといふのである。支那し なでは「ちゅう」をかぬのではないが、實踐じっせん上、「こう」に重きを置き、「ちゅう」をかろんじてゐる。また「」を蔑視べっしして「ぶん」のみ重んずる。日本では左樣そ うした偏つた事をしない。

 (第四)すで中正ちゅうせい不偏ふへんな以上、おのづから各方面の長所を取り入れ、これを輳合そうごうし調和するのは自然の歸結きけつだ。それゆえ日本精神せいしんの一要素として、輳合そうごう・調和といふことがかぞへられる。『日本精神せいしん發達はったつ史』の著者(河野省三氏)は、これを包容性のを以て日本精神の長所とし、「二千五百年らい不斷ふだん支那し な及び印度いんど種々しゅじゅの文明を攝取せっしゅし、近世に及んで一歐米おうべい豐富ほうふな文化を採用して、東西文明の融合に向つて、針路を取りつつある日本精神の包容性は、けだし否定し得ない一特色で、それは日本精神そのものの內容を豐富ほうふならしめると同時に、又日本民族の活動を元氣げんきと進展とに導くものであり、しかしてその經驗けいけんと結果とは、日本人の國民こくみん的使命を重くし、國際こくさい價値か ちを多からしめるものである」とつた。至極しごく、同感である。

 以上の如く、日本精神せいしんの一要素は、輳合そうごう・調和の上に存在する。かくして、東西にわたつて、あらゆる長所を採取さいしゅし、それを一つに輳合そうごうし、微妙な調和のそうに於て、實現じつげんすることは、日本精神せいしんの上にのみ見るといつてよい藝術げいじゅつ的な特色であらねばならぬ。メエソン氏は、この消息しょうぞくに言及して、「過去三世紀の間、日本は平和の夢にふけり、近代的武器の使用法を知らず、つ海軍もなく、武士たちは、遊惰ゆうだおちいつた。しかも長い偸安とうあんの夢をつづけたにかかわらず、日本人の根强い功利こうり的想像力は、西洋人の獨得どくとくだと信ぜられてゐた化學かがくの方法を採り入れて戰爭せんそうの上に發揮はっきした。かくして日本人固有の精神せいしん的・審美しんび的特性の上に、急速にすぐれた功利的能力が加はつてた事は、西洋人に取つて、大きな謎だつた。この異常な現象にたいして、西洋人は一ように不安を感じはじめた。本來ほんらい審美しんび精神せいしんの二主義に傾いてゐた溫和おんわ日本民族うちから、一夜にして陸海軍の天才が續出ぞくしゅつしたのは、一たいどういふわけか。西洋人には全く見當けんとうかない。それゆえ、彼等は、ひて、これ解釋かいしゃくしようとして、日本人を欺瞞ぎまん的存在と曲解きょっかいするに至つた」とつてゐる。けだ歐米人おうべいじんが以上の如く、日本人を誤解したのは、過去の日本文化を知らないめ、ことに日本の尙武しょうぶ思想の傳統でんとう性を知らないめであるが、一つは、歐米おうべい人が白人優越感にとらはれて、輳合そうごう・調和の美を知らないのに原因してゐる。

 (第五)日本にっぽん精神せいしん進取しんしゅ・膨脹性を要素とし、(第六)明朗めいろう性を所長とすることの意味はどうか。進取・膨脹性は要するに、自彊じきょうやまざる心と態度である。すなわ間斷かんだんなく、文化的に進展し、內に外に伸びてゆくのである。そこに退歩がなく、停滯ていたいがなく、萎縮いしゅくがない。本來ほんらい、日本國民こくみんは、より多く現實げんじつを重んずる。印度いんど人の如く冥想めいそう的でなく、支那し な人の如く空論的でない。また過去及び死後などのことよりも、當面とうめん現實げんじつ・現世に力點りきてんを置き、その上に進取性・膨脹性を發揮はっきする。かの佛敎ぶっきょうが日本に受け入れられたのは、主として現世げんせい祈禱敎きとうきょうとしてであつて、その敎理きょうりの如きは必ずしも一般的には重要せられてゐなかつた。また儒敎じゅきょう歡迎かんげいされたのは、現世道德どうとくするところがあるからで、その哲學味てつがくみの如きは、一部の學者がくしゃにより、考究こうきゅうされたにとどまつてゐた。すなわち日本國民こくみんは現世に於ける活動に重心を置き、その上に膨脹し、發展はってんし進取的態度を發揚はつようする。

 それから明朗めいろう性といふことは、何事にも、くよくよせず、いつも、希望・光明の念から離れぬことである。したがつて、そこに憂欝ゆううつなく、絕望ぜつぼうもない。ただあるものは、ほがらかに明るい氣分きぶんだ。時には、ユウモラスなアトマスフイアをも放散する。左樣そ うした現象は、『日本書紀』『古事記』の上にえがかれた古代日本人の生活の上に、はつきり浮び出てゐる。

 以上、日本精神せいしんを構成するところの各要素についていたが、それらの要素のうちで、一番、大切なことは、國家こっかの生命、國民こくみんの生活を永遠に基礎づけるところのもの―道の實踐じっせん・道の實行じっこうに重きを置くことにある。その道の要素としては、祭政さいせいもしくは政敎せいきょう一致主義がかれ、かむながらの道がかれ、報本ほうほん反始はんしの心を表現するものとしての祖先そせん崇敬すうけいのことがかれる。更に建國けんこくの三大綱だいこう(積慶・重暉・養正)がかれる。忠孝ちゅうこうぽんといふこともまた高調せられる。そのよっきたるところは、天祖てんそ(天照大御神)にある。豐田とよだ天功てんこう(水戸學派)は、これを「神聖しんせいげん大道だいどう」とつた。ひらたくいへば、かむながらの道である。すなわかむながらの道が、道の源流であつて、そこから、祭祀さいしの意義が生れ、いろいろの德目とくもくを生じたとつてよい。したがつて、日本精神せいしんの要素としては、道といふこと、これが實踐じっせん實行じっこうといふことが一番大切である。