3 人文地理的考察

人文地理的考察

 かつて『日本風景論』の著者、志賀し が矧川いんせん氏は地理がくの立場から、日本の全貌を說明せつめいしようと試みたことがある。氏の解釋かいしゃくは、必ずしも、全部、肯綮こうけいを得てゐるとはへぬけれども、島國しまぐに通有つうゆうする諸傾向から、日本の特質の一ぱんれ、往々、適中てきちゅうみょうを得たところもあるから、その一ぱんを引用する。(『志賀矧川全集』第四卷參照)

(一)日本は、島國しまぐになるがゆえに、國民こくみん獨立心どくりつしんめり。されどもし大陸こくなりせば、人心じんしん散漫さんまんとなりたるがゆえに、獨立心どくりつしん薄弱はくじゃくなりしならん。

(二)日本は島國なるが故に、國民は自負心に富めり。されども若し大陸國なりせば、人心は散漫となりたるが故に、自負心は薄弱なりしならん。

(三)日本は島國なるが故に、國民は負けぬに富めり。されども若し大陸國なりせば、人心は散漫となりたるが故に、負けは薄弱なりしならん。

(四)日本は島國なるが故に、國民は勤王心きんのうしんに富めり。されども若し大陸國なりせば、人心は散漫となりたるが故に、勤王心きんのうしんは薄弱なりしならん。

(五)日本は島國なるが故に、國民は外部よりの刺戟しげきへば、たちま聯合れんごうするなり。されども若し大陸國なりせば、人心は散漫となりたるが故に、聯合れんごう力は薄弱なりしならん。

(六)日本は島國なるが故に容易に侵害をこうむらす。とこしへに國家こっか威嚴いげんたもちたり。されども若し大陸なりせば、陸續りくつづきなるが故に、四りん强國きょうこくより侵害をこうむりたることあるべし。

(七)日本は島國なるが故に、外部より文明を受くること早く、又の一度、外部より受けたる文明をただちに普及するを得たるなり。されども若し大陸國なりせば、外部より文明を受くることもおそく、又の一度、外部より受ける文明もすみやかに普及し得ざりしならん。

(八)日本は島國なるが故に、大陸の治亂ちらん興廢こうはいには關係かんけいなく、自己の島國內しまぐにないに力を十分に養成し得たるなり。されども若し大陸國なりせば、四りん治亂ちらん興廢こうはいき込まれて、うちに力を十分に養成することを得ざりしならん。

(九)日本は島國なるが故に、大陸にて絕滅ぜつめつせし文物ぶんぶつは、自己の島國內に保存せられ、したがつての保存せられたる文物ぶんぶつを十分に發達はったつし得たるなり。されども若し大陸國なりせば、かくの如き事をなすを得ざりしならん。

(一〇)日本は島國なるが故に、海上かいじょうの交通は四方に便利なり。故に一たび海外と交通するや、通商つうしょうはなは發達はったつせり。されども若し大陸國なりせば、かくの如くすみやかに通商は發達はったつし得ざりしならん。

 矧川いんせん氏は、以上の如く、日本を解釋かいしゃくしたが、矧川いんせん氏は島國民とうこくみんが、度量狹隘きょうあいになりやすいこと、規模局小きょくしょうに傾くことなどをげてゐる。要するに、地理上、人文じんぶん的に見た日本、乃至ないしは、島帝國とうていこくに共通する傾向を示したのであつて、それが日本の本質をことごとつくしたとは必ずしもへない。むし矧川いんせん氏の解釋かいしゃくは、その一ぱんれたけであつて一ぱんのこしてゐる。

 そののこされた一ぱんは、これを精神せいしん科學かがくの上からかねばならぬ。島帝國とうていこくとして、日本に類似したくににイギリスがあるけれども、イギリスと日本とは、地理的に共通したところが相應そうおうにあつたとしても、歷史的展開や精神せいしん・思想・風習などの上では、大分だいぶ、ちがふ。このてんについては、すで北畠きたばたけ親房ちかふさ山鹿やまが素行そこう・西川如見じょけんなどの說明によりあきらかになつてゐるが、ほ少しく補足しなければならぬ。

 その第一要點ようてんは、日本の道義どうぎ肇國ちょうこく道義どうぎ建國けんこくといふことにある。日本は何のためにはじめられ、何のために建てられたか。このてん、特に一こうすべき必要がある。日本がはじめられたのは、この地上に道義どうぎ國家こっかを建設するためである。日本が建てられたのは、日本を中心に世界人類に道義どうぎ弘布こうふするためである。それゆえに、『日本書紀』には、このてんについて、積慶せっけい(仁義)重暉ちょうき(叡智)養正ようせい(正義護持)の三大綱だいこう事實じじつ化するための日本である事が明記せられてゐる。

 したがつて、日本こくただ漠然とこの地上にはじめられ、建てられた國ではない。一切の爭鬪そうとうはいして平和への歩みをつづけ、一切の不正をしりぞけて、正義への直進をすがために、自國じこく道義どうぎくにたらしめよう、その實現じつげんに努めようといふ目的・使命のもとに建てられたくにだ。勿論もちろん、それには、くにとして、當然とうぜん、以上の使命・目的を有しようとも、その實現じつげんがむづかしい。ところが、日本こくは、道義どうぎを以てくにかため、更に道義を以て、世界の光たるべく、それにふさはしいくにの資格をしてゐる。それは、旣述きじゅつした如く、いろいろ、すぐれた要素によつて、くにが作られてゐることだ。今、それをげると、の如くなる。

(第一)氣候きこう中和で四時しいじ、快適なこと。

(第二)風光明媚めいび名山めいざん名水めいすいむこと。

(第三)位置よろしきを得て、東西緯度の中正を占むると同時に、島國とうごくとしての諸長所(志賀矧川氏說の如く)を有すること。

(第四)要害上、天然自然に優越したいきおい形造かたちづくり、獨立どくりつ不羈ふ きに適すること。

(第五)生物の種類が豐富ほうふで、海の幸・山の幸に富み、各種各樣かくようの世界的生物が一つところに集つたかんあること。

(第六)國民こくみん性が優越で、故芳賀は が一氏の『國民こくみん性十ろん』に說明せつめいしてゐるやうに(一)忠君ちゅうくん愛國あいこく(二)祖先そせんたっと家名かめいを重んず(三)現世げんせい的・實際じっさい的(四)草木そうぼくを愛し、自然を喜ぶ(五)樂天らくてん洒落しゃらく(六)淡泊たんぱく瀟洒しょうしゃ(七)繊麗せんれい繊巧せんこう(八)淸淨せいじょう潔白(九)禮節れいせつ作法にただし(一〇)溫和おんわ寬恕かんじょなどの長所を有し、かむながらの道に生きて尙武しょうぶ勇健ゆうけん人情味にんじょうみに厚いこと。

 かうした國土こくど民性みんせいの優越てんそんするがために、道義どうぎのためにつくし、道義を世界にひろめるべき國家こっかとして、最もふさはしいのである。ほその文化的に採長さいちょう補短ほたん主義を執り、あらゆる內外の諸要素を總合そうごう調攝ちょうせつしてゆく機能のすぐれたこともまた國民こくみん性の一特色として認められる。要するに、日本とは、どんなくにかといふことについて、以上いたところは、未だ周到でないけれども、日本こくについての概念、少くとも、日本が外國がいこくとどんなにちがつた特點とくてんを持つかといふ意味だけは、かくあきらかにし得たと思ふ。そして以上の如き國土こくど發達はったつした心が、すなわち日本精神せいしんである。