3-3 春宮に贈らせ給へる御文 後花園天皇(第百十八代)

春宮に贈らせ給へる御文(第三段)(扶桑拾葉集)

このちかごろ小鳥ことりなどあつめられそうろうて、おんすきのよしききまゐらせそうろう。これまたしかるべからずそうろうなんとしても、かやうの無用むようなることに、こころをうつしそうらへば、かんようさたしそうろうべきことは、うはになりそうろうならひにてそうろう。そのうへかやうのなぐさみは、おさなきときことにてそうろう萬事ばんじをさしをかれそうろうて、御稽古おけいこをはげまされ候事そうろうことにてそうろうべくそうろう返々かえすがえすそれの御事おんことは、すでに儲君ちょくん御事おんことにて、おんみやうがもそうらはば、踐祚せんその一だむ勿論もちろんことにてそうろう。よのつねの竹園たけのそのなどのおんあてがひには、かはりそうらはむずるにてそうろうおんこころだてなど、いかにも柔和にゅうわに、御慈悲ご じ ひふかくそうろうて、ひとをはごくまれそうらはむずるにてそうろうなんとしてもはらあしく短慮たんりょそうらへば、ひとのそしりをうけ、我身わがみ後悔うかい候事そうろうことにてそうろう。かまへて當時とうじ後代こうだいそしりをのこされそうらはぬやうに、御心みこころをもたれそうらはんずるにてそうろう。かやうのことどもさのみ申候もうしそうらへばさだめて御氣お きにちがひそうらはんずれども、我身わがみ申候もうしそうらはでは、たれかけうくむ申候もうしそうろうべきぞにて候程そうろうほどに、心中しんちゅうをのこさず申候もうしそうろう。をよそ內典ないてん外典げてんぶんにもおやめいそむきそうらはぬをもて孝行こうこう申候もうしそうろう。かまひて我々われわれ申候事もうしそうろうことなど、いるかせにせられそうろうまじくそうろう。ふしみ殿どのなどの御事おんことも、ひさしく御同宿ごどうしゅくことにてそうろう自他じ た御等閑ごとうかんそうろうまじきことにてそうろう。しぜんかのもうされ候事そうろうことなど、ないがしろにはせられそうろうまじくそうろう猶々なおなお御心得おんこころえそうろうべきことどもおおくそうらへども、さのみはふでにもつくしがたく候程そうろうほどに、あらあらこころにうかみ候事そうろうことどもしるしつけそうろうこのかんかむようと思召おぼしめしそうろうて、かまへてさいさいに御覽ごらんぜられ候事そうろうことにてそうろうべくそうろう

  あはれしれいまはよはひもおいつる

    雲井くもいにたえずをおもふこゑ

【字句謹解】◯心をうつし候へば 心の中心がその方面に向つてかえりみないこと ◯かんようさたし候べき事 必要でどうしても習はなければならない事 ◯うはになり 上の空になる義で、心がその方面に向かないこと ◯返々 くり返して申す事ですが ◯それの御事 當時とうじ皇太子にましました土御門つちみかど天皇おおせられた言葉 ◯儲君 皇太子のこと ◯御みやうが 御名譽ごめいよの意 ◯踐祚 皇位くこと ◯よのつねの 世間一通りの ◯竹園 竹の園生そのうの義で皇族を申したてまつる ◯御あてがひ 御待遇ごたいぐうの意 ◯かはり候はむずる 皇太子の地位にあられる御方おかたなので、普通の皇族とは御待遇ごたいぐうかわらなければならないとの意 ◯御こころだて 御氣質ごきしつのこと ◯柔和 おだやか ◯人をはごくまれ の人々を養育する ◯はらあしく 心のうちわるく ◯短慮 深い同情心のないこと ◯かまへて 出來で きる限り注意して ◯當時 現在の世の中 ◯後代 後世 ◯ 非難の意 ◯御氣にちがひ 御機嫌をわるくする ◯けうくむ 敎訓きょうくん ◯內典外典 儒敎じゅきょう及び佛敎ぶっきょうかんした文獻ぶんけん ◯いるかせ ゆるがせの義で心に深く注意しないこと ◯御等閑 深く注意しないこと ◯しぜん し、まん一の意 ◯あらあら 大體だいたい ◯此一卷 この書翰しょかんの意 ◯さいさい こまかに ◯よはひも老の鶴の 年齡ねんれい老いたことと、鶴の親の年老いたこととをけられたもの ◯雲井 鶴が高く空を飛ぶことと、御身おんみ禁中きんちゅう深くゐられることとをけられたもの。

【大意謹述】最近は小鳥などを集められて、興味を持たれるとか聞いた。これもまた感心せぬのである。いずれにしても、かうした役にも立たない方面に心を移されるのでは、必要でどうしても習はなければならない事は上の空となり、深く心をつくせるものではありません。その上かうした方面の興味は幼少の時だけに似合に あはしいものであるゆえすべのものを差し置いて、學問がくもんを熱心に勉强べんきょう致されることを望む次第である。

 くり返して申すやうだが、あなたの御身おんみは現在皇太子の地位に在り、その名譽めいよも保たれてゐられるのだから、當然とうぜん他日たじつ卽位そくいすることは勿論で、普通一般の皇族とは待遇もかわらなければならぬ。ゆえ御心みこころの持ち方なども出來で きるだけやはらかく、に同情をよせ、人々を愛撫あいぶすべきであると思ふ。いずれにしても心のうちしく、すべてに同情しなければ、人々からは非難され、あなた自身も後悔うかいするやうになるでせう。だから、出來るだけ注意して、今の世は申すに及ばず、後の世からも非難の種がないやうに心を持たれることが肝要である。かうした事に就いて、これ程くどくどしく申すと、多分機嫌にさはるかとは想像するが、わたくしが申さなければ誰も敎訓きょうくんする者はゐないと思ふので、今心に浮んだ事を全部申しておく。儒敎じゅきょう佛敎ぶっきょうかんした一切の文獻ぶんけんにも、親のめいを決してそむかないことを孝行こうこうと呼んでをります。どうかわたくしが申した種々の內容を、深く注意して下さい。伏見殿ふしみどのなどは、長い間御同宿ごどうしゅくの事である以上、あなた自身のことについて、又の人事にかんして始終しじゅう心づかひを、怠つてはなりません。伏見殿ふしみどのが申される事なぞ、決して輕視けいししないやうをつけることが特に大切である。

 この他なほ平常の態度、學習がくしゅうに就いて知らなければならないことが多いが、それ程にふでですらも手がとどくものではなく、大體だいたい心に浮んだ事だけを書き付けた。この書翰しょかんを重要なものとして、出來るだけの注意のもとに、細かくまれんことを切望します。

 あなたは知つてますか。もう現在は老齡ろうれいに達した鶴の親が、奥深い禁中きんちゅうにありながら、我が子を心配して常に鳴きつづけるこえのあはれさを。

【備考】無用の有閑ゆうかん的な遊びをやめて學問がくもん專心せんしんし、社交しゃこう上、各方面に周到の配慮をして、適宜てきぎ、調和を保つべきことをおしへられてゐるあたり、今日こんにちの若き人々が拜誦はいしょうして適切ないましめとなるやう思はれる。將來しょうらい、皇太子に向ひ、帝王がくの用意をし、人君じんくんの器量をだいにすべきことを切々とかれてをるのは、まさに永久に朽ちぬ御金言ごきんげんである。