3-2 春宮に贈らせ給へる御文 後花園天皇(第百十八代)

春宮に贈らせ給へる御文(第二段)(扶桑拾葉集)

そのほか公事く じがた詩歌しいか管絃かんげん御手跡ごしゅせきなど御能おんのうにてそうろう。なにとしてもうた連歌れんかことは、誰々たれたれもとりつきそうらへば、さすがやすきやうにそうろう文字も じかたのことは、ふととりつきにくきやうに、ひとごとに心得こころえをきそうろうてぶさたしそうろう去程さるほどに一もん不通ふつうのいたづらもののみにはおおそうろう。これはあさましきことにてそうろう文字も じのかたにてそうらへばとて、さのみ大事だいじなることにてそうらはねばこそ、誰々たれたれまたさたしそうらへば、やすきならひにてそうろう。かむようはすきとすかざるとのかはりめにてそうろう漢才かんさいうとそうらへば、萬事ばんじにつけて未練みれん恥辱ちじょくなることのみにてそうろう連句れんくなどさたしそうらへば、をのづから文字も じ候事そうろうことにてそうろうさいわい伏見殿ふしみどのさたのうへは、御不審ごふしんのことはたずねもうされて、いかにもいかにもけいこそうらはば、めでたくおぼえそうろうべくそうろう

【字句謹解】◯公事がた 朝廷の政務にかんするいろいろの知識 ◯詩歌 漢詩かんしと和歌と ◯管絃 管樂器かんがっき絃樂器げんがっきとの義で音樂おんがく總稱そうしょう ◯御手跡 書法 ◯誰々も 誰でも ◯とりつき候へば 手を出して習ひはじめるので ◯さすが 何といつてもやはり ◯やすき まなぶのに困難でないこと ◯文字かた 文字を使用して用を足すこと。文學ぶんがくの知識や書法などをいふ ◯ふと まぐれにの意で、深い決心がなく習ひ初めること ◯ぶさた 無沙汰ぶ さ た、それに關係かんけいしない義で、近よらないことをいふ ◯去程に そのゆえに ◯一文不通 一字もめない人 ◯いたづらもの 人間として何の役にも立たない者 ◯あさましき事 きょうざめることの義で、悲しいことの意に用ひてある ◯さのみ大事なる事にて候はねばこそ 絕對ぜったいに手が出ないといふ程困難ではないからこその意 ◯さたし候へば 學習がくしゅうすれば ◯かむよう 肝要かんよう、中心となる大切な事の意 ◯すき その事に興味を持つ ◯すかざる 興味を持たない ◯かはりめ 相違てん ◯漢才 漢文かんぶんの知識 ◯未練 不充分 ◯恥辱 はぢをかくこと ◯をのづから 自然と ◯めでたく 滿足まんぞくに思ふ。

〔注意〕後花園ごはなぞの天皇御宸翰ごしんかんとしては、この他に

 御遁世ごとんせいにつきてたまへる宸翰しんかん(應仁元年六月十四日、伏見宮家所藏)

はいすることが出來で きる。

【大意謹述】その他は朝廷の政務にかんする知識、漢詩かんし、和歌、音樂おんがく、書法などの才藝さいげいは、一通り知る必要がある。前文でいろいろ申しましたが、和歌や連歌れんかは、誰でも現にまなぶ人が多いから困難とはいへ、やはりやさしい部にぞくするやうに思はれる。文字にかんした各種の知識は、ちよつとしたまぐれからは學習がくしゅう出來で きがたいかのやうに考へるものが多いので近寄らない。ゆえに一字もかいない人間として少しも役に立たない人ばかりが世の中には多數たすう存在する。これはきょうざめた悲しい事實じじつです。文字にかんする知識をるのも、絕對ぜったい困難事こんなんじではなく、少くない人々がまなんでゐるのだから、かく考へれば、やさしいと言はねばなりますまい。困難と思ふか、やさしく考へるかの相違の上で大切なことは、それに興味を持つか持たないかにある。平生へいぜい漢文かんぶんの知識に乏しいと、何事につけても不自由で、恥をかく場合が多い。漢詩かんし連句れんくなどをまなびなされてゐる間には、自然に漢文かんぶんたいする知識はし、申し分なく上達するものです。都合のよいことには伏見殿ふしみどのがこの方面をよくまなばれてゐるので、不審ふしんの部分は質問し、おおい學習がくしゅうすれば、滿足まんぞくこの上もなく思ひます。