3-1 春宮に贈らせ給へる御文 後花園天皇(第百十八代)

春宮に贈らせ給へる御文(第一段)(扶桑拾葉集)

ふとしたるやうにそうらへども、よろず心得こころえそうらはんずることども、ひとなどしてはさのみもうされそうらはむやうにそうろうほどに、大概たいがい心中しんちゅうのとほりしるしつけそうろう能々よくよく御覽ごらんぜられそうろうことそうろうべくそうろう。まずます御進退ごしんたいなどは如何い かにもしづかに、重々おもおもそうらはんずるにてそうろうおんこはいろなにとやらむきふきふときこそうろう。やはらかにのどやかに仰付おおせつけられそうろうべきにてそうろう連歌れんがときひとのいだしそうろうなど、いかにわろくそうらへばとて、そこつになんられ候事そうろこと、しかるべからずおぼえそうろう。そのゆえは、おんけいこなどもいまだいたりそうらはぬともうし伏見ふしみ殿どの我々われわれをさしをかれそうろうて、一おんさばきそうろうべきことはかたがた御斟酌ごしんしゃくそうろうべきことにてそうろう。くれぐれけふあすのことは、よろづ御懷おんふところもせばきことそうろうぞかし。しぜむなんそうらはぬなどを、とかくおほせられそうらはむずれば、かへりておんちじよくにてそうろうべくそうろう和漢わかん連句れんくのとき、からいでそうらへば、每度まいどふしむそうろう。これはをこの御尋おんたずねにてそうらはんずれ、とても連句れんくのことは、一こう御存知ごぞんじそうらはぬうへは、あながち當座とうざふしんは、そのせんなきことにてそうろう肝要かんよう連歌れんかまじり候事そうろうことにてそうろうほどに、さやうのときそうろういだされそうらはむずるまでにてそうろう。さりながら、漢句からのくつまりそうろうときなどにて、御句おんくなどつけられたきやうにもそうらはば、さやうのとき、ふしむもそうろうべきにてそうろう。そのうへしぜんやすきなどおんたづねそうらへば、これほどに文字も じかたなど、疎々うとうとしき御事おんことにてそうろうかと、ひと存候ぞんじそうらはんずることも、かつうは口惜くちおしきやうにそうろう。とても一後日ごじつ御覽ごらんぜられそうろうべきうへは、そのときいかにも御不審ごふしんそうろうて、おんけいこの便たよりにもせられそうろうべくそうろうとく近頃ちかごろかいなど室町殿むろまちどの大閤たいこう、いしいし嚴重げんじゅう伺候しこうせられ候事そうろうことにてそうろういささかのことも御心みこころ御心みこころそえられそうろうて、御謹おんつつしみそうらはむずるにてそうろう。ただうちこころやすく、さいさいしこうのものさへ、人々ひとびと心中しんちゅうはずかしきことにてそうろう。ましてやとざまさいかくのかたがたは、いかにも見落みおとされそうらはぬやうに誰々たれたれもありたきことにてそうろうそうじてそれの御事おんことは、おさなくいらせおはしまし候時そうろうときより、おそろしくはずかしきひとそうらはぬやうに思召おぼしめしそうろうて、御心みこころのままにそだちそうろうゆゑに、いま御心みこころづかひもかやうにそうろうかとおぼえそうろうなおもおさなき御年おんとしにてもそうらはば、せめてはつみさりところそうろうべきにてそうろういまにをきては、御成身ごせいじんことにてそうろう。いかにもいかにも御身お みつつしまれ、あざむけりそうらはぬやうに、御嗜おんたしなみそうらはんずるがかむようにてそうろう。いくたびもうしても御學文ごがくもんまずもととせられそうろうこそ、御身お みあやまりをもあらためられ、ひとのよしあしをもただされ候事そうろうことにてそうろう能々よくよく御稽古おけいこそうろうべくそうろう

【字句謹解】◯ふとしたるやうに候へども 一寸ちょっとした事のやうではあるがとの義で、日常の細かい事をおおせられたのである ◯萬心得候はんずる事ども 何かにつけて、よく注意した方がよい事など。この部分は異本いほんには「よろ御心みこころそうらはんずる事ども」となつてゐる ◯人などしては 他の人々が ◯さのみ申され候はむ それ程詳細に注意することがないであらうと解するのが正しいやうに思はれる ◯大概 大體だいたいといふ程の意 ◯心中のとほり 心に思つたとほり ◯記しつけ候 書きつけておく ◯ますます づ第一に ◯御進退 日常の動作など ◯如何にもしづかに 出來で きるかぎりゆつたりと重々しく ◯重々 輕々かるがるしいことの反對はんたいで、萬事ばんじ愼重しんちょうな態度を保つこと ◯御こは色 音聲おんせいのこと ◯なにとやらむ 何となしにの意 ◯きふきふ 急々きゅうきゅうの義でせいて事をいふこと ◯やはらかに 發音はつおんをやはらかく ◯のどやかに ゆつたりと ◯連歌 短歌の上下二句を二人で應答おうとうしてむこと。のちにはこの形式を接續せつぞく連鎖させるやうになつた ◯人のいだし候句 自分の相手となつた人のえいじた句 ◯わろく わるいの義ではなく、もつと消極的によくない意味 ◯そこつに 前後の思慮のないこと ◯難を入られ候事 非難する、缺點けってんを指摘する ◯しかるべからず さうあつてはならない義で、よろしくないといふ意味 ◯御けいこ 御練習ごれんしゅう ◯いたり候はぬ 十分でない ◯伏見殿 伏見宮ふしみのみや榮仁よしひと親王のこと ◯一座 その場に出席した全部の人々をいふ ◯御さばき 御裁おんさばきの義で、の人々を差しおいて自分が批判すること ◯かたがた いづれにしてもどのみち ◯御斟酌 ここでは御遠慮の意 ◯くれぐれ 所詮 ◯けふあすのことは 當分とうぶんの間は ◯よろづ 萬事ばんじにつけて ◯御懷もせばき事 思つたことも遠慮しなければならない程不自由なこと ◯しぜむ し、まん一の意。異本いほんには「しぜん」とある ◯難も候はむ句 たいして非難する所のない句、これは必ずしも良い句でなくとも、別に缺點けってんもない、一通りの出來で きの句を意味する ◯とかくおほせられ候はんずれば 色々に非難すれば ◯御ちじよく 御恥辱ごちじょくの義 ◯和漢連句 連歌れんが又は俳諧はいかいの句をまえとし、五げん詩句し くあととし、交互に連ねるもの。その逆を和漢わかん連句れんくといふ ◯漢の句 五げん漢詩かんしの一節のこと ◯御ふしむ候 不思議に思ふことが多い ◯をこ に暗い人 ◯とても 結句けっくの意 ◯一向御存知候はぬうへは 少しも御知お しりにならない以上は ◯あながち ひて一がいに ◯當座 その座にあたつた時のみ疑問をいだいても仕方がないのでそれよりも根本的に全體ぜんたいの知識を養ふのが第一とおおせられる御意ぎょいである ◯詮なき事 效果こうかのないこと、無駄なこと ◯肝要 大切なこと ◯漢句つまり候とき 漢詩かんしで終つた時 ◯やすき句 やさしい句 ◯文字かた 文學ぶんがくの方面 ◯疎々しき 平常からよく注意してゐない ◯かつうは かつはの音便で、口調をつよめたもの ◯室町殿 室町の足利あしかが將軍しょうぐんのこと、本宸翰ほんしんかんが年代不明なのでこれが誰にあたるか分からない、多分、足利義政よしまさか ◯太閤 關白かんぱくしてなほ內覽ないらん宣旨せんじこうむつた人、又は關白かんぱくを子にゆずつた人のしょう。これも誰を指されたか不明 ◯いしいし その次々、その時々のこと ◯嚴重に 威儀い ぎ嚴格げんかくに ◯うち心やすく 心やすい內輪のもの ◯さいさいしこうのもの 度々出入でいりする者 ◯人々の心中は辱かしことにて候 人間の心のうちは外面にくらべて見苦しいものである ◯ましてや 特別に ◯とざま 外樣とざま、內輪の者にたいする語で、外部にあつて時々交際する人々 ◯さいかく 才覺さいかく才智さいちある人 ◯見落され 輕視けいしされる ◯それの御事 あなたといふ程の意で、いま皇儲こうちょにあられる土御門つちみかど天皇おおせられた言葉 ◯辱かしき人 自分の才智さいちの及ばない人。その人の前に出ると自分がはずかしく感ぜられるのでいふ ◯御心のままに 御氣分ごきぶんの向くままに勝手にの意 ◯御心づかひ 各方面にたいする態度 ◯猶もおさなき御年にても候はば 今でも御幼少ごようしょうにましますならばの意 ◯罪さり所 無理がないと思ふてん ◯今にをきては 現在では ◯御嗜 敎養きょうようを積む ◯かむよう 肝要かんよう、大切なこと ◯先本とせられ候こそ 根本とされるのがの意 ◯御稽古 御學習ごがくしゅう

〔注意〕本宸翰ほんしんかん後花園ごはなぞの天皇が皇太子にまします土御門つちみかど天皇おくらせたもうたもので、世に「後花園院ごはなぞのいん御消息ごしょうそく」として著名である。內容は全く將來しょうらい天皇としての皇太子が、才德さいとく共に一てんの非難もないやうにと御注意あそばされたもので、日常生活の細かいてんを、あたたかい御父おんちちとしての情をつくしてかれてあり、千不磨ふ ま御敎訓ごきょうくんを含まれてゐる。

【大意謹述】ちよつとした事のやうではあるが、萬事ばんじに就いて心得てゐた方がよろしいと思ふ事々を、の人の口からはこれ程には申されないと考へるので、この書中に大體だいたい心に考へてゐるだけを、少しも飾らずに書いて見ます。それゆえ以下述べる內容を十分注意してんで貰ひたい。

 第一に平常の動作は、すべてに就いて、出來で きるだけしずかに愼重しんちょうにしたいものだと思ふ。あなたの發音はつおんは何となくせはしげに聞える。これはやはらかくゆつくりとなごやかに申すのが正しいのであります。

 又、連歌れんかかいなどにあたつて、の人々がんだ句は、どれ程いと思はないでも、輕々かるがるしく非難されることはつつしまなければならない。何故な ぜならば、練習れんしゅうも積まないのみならず、伏見殿ふしみどのや我々を問題にしないで御自身だけが出席者全部を批判するやうな態度は、この際つつしまれる方がよく、遠慮するのが本當ほんとうでせう。當分とうぶんあいだは、すべての方面について不自由だと同情に堪へないが、まん缺點けってんのない句などを何とか非難めいたことをはれれば、かえつて御身おんみの恥となるばかりなのです。あなたは連句などの一句に五げん漢詩かんしつづける和漢わかん連歌れんかが行はれる時、漢詩の句が出るといつも、不思議に思つて疑問をいだくやうである。これはじつに暗いと申さなければなりますまい。結局連句れんくかんした初歩の知識すらも持ち合せてゐない以上、ひてその場にあたつてだけ疑問をいだかれたとて無駄なことである。大切なことは、連歌れんかが行はれてゐる時、その機會きかいを見て句を出されるのが無難だといふことです。しかし漢詩の句で終る時、句を付けたく思ひ、どう付けたらよいか分からない際などこそ、當然とうぜん疑問をいだいてもよいので、漢詩を付けると定まつてゐる順に、その順を疑ふなどは、あまり感心したものではない。その上、しすぐ理解出來で きる性質の句などに就いて、たずねると「文學ぶんがく方面にはこんなこともお付きにならないかたであるのか」と、その人々が輕蔑けいべつするのも、おおいくちしいことではないか。何れにしても一座の人々が後になつてゆつくり見るのであるから、その時こそどんなにも疑問を持ち、知らない部分はおたずねてもよく練習れんしゅう方便ほうべんにもされるのがよろしいであらう。

 特別、近頃の連歌れんか和漢わかん連句れんくなどのかいには、室町將軍しょうぐんやその父の太閤たいこうといつた方々が、もよおしのある度每たびごと威儀い ぎおごそかにして出席するとか聞いてゐる。ゆえにほんの小さな事にもくど過ぎる程の注意を怠らず、すべてに愼重しんちょうに致さねばなりません。內輪の者で遠慮へだてなく、度々出入しゅつにゅうする人々であつてさへ、心のうちは何を考へてゐるか知れず、內々ないないあまり感心しない氣持きもちを持つてゐる事もある。まして平常は外部に居て時たまにかおあわす程度の、しかも才智さいち相當そとうにある人々などには、餘程よほどをくばつて輕蔑けいべつされないやうにと、誰でも覺悟かくごしなければならない。

 一たいあなたは、幼少の時から誰もしかりはなく、世の中に自分の上に立つて何やかや批判する者がゐないやうに思ひ、勝手ままに成長したので、現在でもさうした氣持きもちかわらないらしく感ぜられる。幼少の間ならば、誰も無理はないと思ひ、輕蔑けいべつする者もないが、現在では立派に成長なした御身おんみであるから、さうとはまいり兼ねる。くれぐれも御身おんみ愼重しんちょうにして、の人々からの非難などは、わずかのてんでも受けないやう、みずか敎養きょうようするのが必要である。それには常々申す通り、學問がくもんを根本とせられるのこそ、自身のあやまりを改められる手段であるばかりでなく、の人々の善惡ぜんあくを批判する條件じょうけんとなる。どうか十分に學習がくしゅうせられんことを望みます。

【備考】社交しゃこう上のことについて、微細なてんまで、呉々くれぐれも注意されてゐる天皇御言葉みことばは、一字一句、きない醇味じゅんみがあるのを感ずる。皇太子として、立派な態度を人々に示し、彼等をして敬仰けいごう畏敬いけいせしめることが必要であるむねかれて、一々の言動を敎示きょうじされたあたり、じつ御父君おんちちぎみとしての濃情のうじょうあふるるばかりの御慈愛ごじあいのほどがうかがはれてゆかしい限りである。