1-7 太子を誡むるの書 花園天皇(第九十五代)

太子を誡むるの書(第七段)(元德二年二月 伏見宮御記錄)

若學功立德義成者、匪啻盛帝業於當年、亦卽貽美名於來葉、上致大孝於累祖、下加厚德於百姓。然則高而不危、滿而不溢、豈不樂乎。一日受屈百年保榮、猶可忍。況墳典遊心、則無塵累之纒牽、書中遇故人、只有聖賢之締交。不出一窓而觀千里、不過寸陰經萬古、樂之尤甚無過于此。樂道與遇亂、憂喜之異、不可同日而語、豈不自擇哉。宜審思而已。

【謹譯】學功がっこうとくものは、ただ帝業ていぎょう當年とうねんさかんにするのみにあらず、またすなわ美名びめい來葉らいようのこし、かみ大孝たいこう累祖るいそいたし、しも厚德こうとく百姓ひゃくせいくわへん。しからばすなわたかくしてあやうからず、滿ちてあふれず、あにたのしからずや。一にちくつけて百ねんえいたもつ。しのぶべし。いわんや墳典ふんてんこころあそばせば、すなわ塵累じんるい纒牽てんけんすることなく、書中しょちゅう故人こじんうて、聖賢せいけん締交ていこうあり。一そうでずして千寸陰すんいんぎずして萬古ばんこたのしみもっとはなはだしき、これぐるなし。みちたのしむとらんふと、憂喜ゆうきことなること、おなじうしてかたるべからず。あにみずかえらばざらんや。よろしくつまびらかにおもふべきのみ。

【字句謹解】◯學功立ち 正しい學問がくもん甲斐か いがあつて ◯ 帝王としてのとくを完成させること。〔註一〕參照さんしょう ◯義成る 正義をよくわきまへること。〔註二〕參照 ◯帝業 天子としての統治事業 ◯當年 その時代 ◯美名を來葉に貽し 美しい名を後世にのこす意 ◯大孝を累祖に致し 祖先そせん代々に、この上もない孝行を致す ◯百姓 國民こくみん一般を指したもの ◯高くして危からず 巍然ぎぜんとしてしゅうすぐれると同時に少しも土臺どだいゆるぐことはない ◯滿ちて溢れず 帝王として申し分のない意 ◯一日屈を受けて 學問がくもんに親しむ結果、その當時とうじだけはから非難がましく言はれる ◯百年榮を保つ 後世に名譽めいよを輝かす ◯墳典 儒敎じゅきょう文獻ぶんけんをいつたもの。すなわち三ぷん・五てんの略で、すなわち三こうの書・五ていの書のこと、かうした古書の總稱そうしょうから儒書じゅしょ轉化てんかさせて用ひる ◯心を遊ばせ 他事た じかえりみないでふけけること ◯塵累 世間的なうるさいことをいふ ◯纒牽 身にまつはり思索しさく・行動を妨げる ◯故人 この世にない人 ◯締交 まじはりを結ぶ友となる意 ◯一窓を出でずして 自分の部屋を出ることなく ◯千里を觀 千里の遠方のことをも知り ◯寸陰 わづかな時間 ◯萬古 遠い昔 ◯憂喜 うれいは心配で、「らんふ」を受け、喜ぶは、「道をたのしむ」を受ける ◯日を同じうして語るべからず 同一じつだんじ得ない。相違の非常に大きなこと。

〔註一〕 に『論語ろんご』中からとく云々うんぬんしたいちじるしい部分のみを四五例用れいようする。儒敎じゅきょうとく如何い か重要視じゅうようししたかが考へられよう。

(一)いわく、まつりごとすにとくもってするは、たとへば北辰ほくしんところ衆星しゅせいこれむかふるがごとし。(爲政)

(二)子曰く、君子くんしとくおもひ、小人しょうじんおもふ。君子はけいおもひ、小人しょうじんけいおもふ。(里仁)

(三)子曰く、とくならず、必ずとなりあり。(里仁)

(四)子曰く、道にこころざし、とくり、じんり、げいあそぶ。(述而)

(五)子曰く、んぬるかな。われいまとくこのむこといろこのむがごとき者を見ざるなり。(衞靈公)

(六)子曰く、ゆうとくを知る者はすくなし。(衞靈公)

〔註二〕義成る 同樣どうように『論語ろんご』に見えるいくつかを例用する。

(一)いわく、にあらずしてこれまつるはへつらふなり。を見てさざるはゆうなきなり。(爲政)

(二)子曰く、君子くんしは義にさとり、小人しょうじんさとる。(里仁)

(三)子產しさんふ。君子くんしの道四つあり。おのれおこなふやきょうあり。の、かみつかふるやけいあり。の、たみやしなふやけいあり。の、たみ使つかふやありと。(公冶長)

(四)子路し ろいわく、君子くんしゆうたっとぶかと。いわく、君子はもっじょうす。君子ゆうりてなければらんをなす。小人しょうじんゆうありてなければとうをなす。(陽貨)

〔注意〕原文はこの本文ほんもんの最初の部分に傍書ぼうしょして「此中間詞このちゅうかんのことばは在奥おくにあり」と見える。このうちに書きたい事は最後に言ふとの御意ぎょいで、本書もそれにしたがひ、こののちにその御言葉みことば謹解きんかいすることにした。

【大意謹述】學問がくもん效果こうかが積まれ、帝王として十分なとくを立て、正義の立場から事を行ふに至つたならば、たんに帝王の事業をその當時とうじに盛大にするのみではなく、同時に美しい名を後世にのこし、御先祖ごせんぞ代々にこの上もない孝行であると共に、國民こくみん一般にたいしては厚く仁政じんせいほどこすことが出來で きるであらう。その時は巍然ぎぜんとしてしゅうすぐれてしか土臺どだいゆるぐことなく、十分であまりもせず、帝王として心から滿足まんぞくするに至らう。學問がくもんせい出せば、そのかん兎角とかく非難がましいことをる一方から言はれちだが、後世に盛名せいめいのこすと思へば、それは何でもなく、儒敎じゅきょうかんした古書にふければ、世間の多くの俗事に心と身とをわづらはされず、書物中で過去の理想的な人物にふことが出來で き聖人せいじん賢人けんじを友とし、自己の部屋から一歩も出ないで千里の遠方を望み、わずかの時間で、遠いいにしえの事をも知りる。これ程の滿足まんぞくはない。聖人の道をたのしみるのも、大亂たいらんの世にふのも、學問がくもんするとしないとの區別くべつで、その結果、心の喜びと悲しみとは、同じ日に語れない程大きな相違がある。學問がくもんにはこれ程の價値か ちがあり、又自己修養しゅうようとなり、その結果は必ず他日たじつ心からの滿足まんぞくすべきものをもたらすのである。ゆえに皇太子に於いても、以上の理由を詳細に判斷はんだんして善處ぜんしょしなければならない。

【備考】聖賢せいけんの書を效果こうかについて、ここに述べられたところは、最もようを得てゐる。讀書どくしょは、人をしてただちに聖賢せいけんまじわらしめる。つ居ながら、千里の外に於ける事情に通ぜしめる。のみならず、わずかの時間で、萬古ばんこのことを知らしめもする。とくとをあわせしめる基本もまた讀書どくしょにある。好學こうがく天皇は、たくみに以上のてんを指摘して皇子おうじ敎訓きょうくんなされてゐる。