1-6 太子を誡むるの書 花園天皇(第九十五代) 

太子を誡むるの書(第六段)(元德二年二月 伏見宮御記錄)

又頃年有一群之學徒。僅聞聖人之一言、自馳胸臆之說、借佛老之詞、濫取中庸之義、以湛然虛寂之理爲儒之本、曾不知仁義忠孝之道、不協法度、不辨禮儀。無欲淸淨則雖似可取、唯是莊老之道也。豈爲孔孟之敎乎。是並不知儒敎之本也。不可取之。縱雖入學、猶多如此失。深自愼之、宜以益友人之切瑳學。猶有誤則遠于道、況餘事哉、深誡必可防之。

【謹譯】また頃年このとしごろぐん學徒がくとあり。わずか聖人せいじんの一げんいて、みずか胸臆きょうおくせつせ、佛老ぶつろうことばり、みだり中庸ちゅうようり、湛然たんぜん虛寂きょじゃくもっじゅもととなし、かつ仁義じんぎ忠孝ちゅうこうみちらず、法度はっとかなはず、禮儀れいぎべんぜず。無欲むよく淸淨せいじょうなればすなわるべきにたりといえども、莊老そうろうみちなり。あに孔孟こうもうおしえたらんや。ならび儒敎じゅきょうもとらざるなり。これるべからず。たとがくるといえどかくごとしつおおし。ふかみずかこれつつしみ、よろしくえきもっ友人ゆうじん切瑳せっさしてまなぶべし。あやまりあらば、すなわみちとおざかる。いわんや餘事よ じをや、ふかいましめてかならこれふせぐべし。

【字句謹解】◯頃年 近頃の義 ◯學徒 學問がくもん從事じゅうじする人々 ◯自ら胸臆の說を馳せ 勝手に心中にいだいた思想を聖人の正解だとして世に宣傳せんでんする。この部分は天皇宋儒そうじゅ佛老ぶつろうまじへたとして排斥されたのである ◯佛老 釋迦しゃか老子ろうしと ◯濫に中庸の義を取り そう朱熹しゅき中庸ちゅうよう朱熹しゅき章句しょうく」として一般に知られた書物をあらわし、勝手に宋學そうがく精神せいしんからあまりにこれを抽象的にかいしたのをいふ。『中庸ちゅうよう』は子思し しの作とつたへられ、孔子こうしの思想をつたへた書物。〔註一〕參照さんしょう ◯湛然 落ちついてしずかなこと。これを佛敎ぶっきょうおしえとして用ひてある ◯虛寂 世間的關係かんけいから離脫りだつして虛無きょむとうとぶこと、これを老子ろうしおしえとして用ひてある ◯法度 國法こくほうの義 ◯莊老 莊子そうし老子ろうし ◯切瑳 懸命にまなぶこと ◯猶ほ誤あらば 聖人のがくこころざしてゐてもあやまりがあつたならば、道に達することは出來で きない ◯餘事 聖人以外の佛老ぶつろうの道をいふ。

〔註一〕濫に中庸の義を取り 『中庸ちゅうよう』のちゅう本來ほんらいぎょうしゅんに天下をゆずつた時の「まことちゅうれ」のちゅうで、せいを意味してゐた。それを宋儒そうじゅ不偏ふへん不倚ふ いの意に抽象化したのである。『論語ろんご』の「いわく、中庸ちゅうようとくたるやいたれるか。たみすくなきことひさし」(雍也)や、「いわく、中行ちゅうこうを得てこれくみせずんば、必ずや狂狷きょうけんか。狂者きょうしゃは進みて取り、狷者けんしゃさざる所あるなり」(子略)などのちゅう具體ぐたい的か抽象的かは論が多いが、朱熹しゅきは『中庸ちゅうよう』のじょで、「子程子していしいわく、かたよらざるこれちゅうひ、はらざるこれようふ。ちゅうは天下の正道せいどうにして、ようは天下の定理ていりなり。へんすなわ孔門こうもん傳授でんじゅ心法しんぽうなり。子思し しひさしうしてたがはんことをおそる。ゆえこれしょひっもっ孟子もうしさずく。しょはじめは一を言ひ、なかさんじて萬事ばんじとなし、すえがっして一となす。これはなてばすなわ六合りくごうわたり、これけばすなわ退しりぞきてみつかくる。あじわいきわまりなし。みな實學じつがくなり。む者、玩索がんさくしてるあれば、すなわ終身しゅうしんこれもちひて、つくすことあたはざるものあらん」と主觀しゅかん的にき、その解釋かいしゃくを全然哲學てつがく的なものとした。この宋儒そうじゅの傾向を天皇は嫌はれたのである。

【大意謹述】又、近頃はこんな傾向を持つた學徒がくと輩出はいしゅつしてた。その者共ものどもわずかか聖人の言はれる一部分を知るとのこりはすべ獨斷どくだんによつてせつを構成する。すなわ釋迦しゃか老子ろうしの主張を採用して、中庸ちゅうようといふ意味を勝手に解釋かいしゃくし、佛敎ぶっきょうの落ちついてしずかな主張、道敎どうきょう虛無說きょむせつ儒敎じゅきょうの本質だと考へ、しんの意味で儒敎じゅきょうの中心とせる日常生活に於ける仁義じんぎ忠孝ちゅうこうの道を少しも理解せず、國敎こっきょうと合致せず、しん禮儀れいぎの意をわきまへずに居る。なるほどこの者共ものどもは一切の物欲を去り、世間との苟合こうごうを非難する。これは一見正しいやうに思はれるが、ぎょうしゅん祖述そじゅつした孔子こうし敎誡きょうかいとは何の關係かんけいなき、道敎どうきょう思想にすぎない。儒敎じゅきょう佛敎ぶっきょう的に解する人、及び道敎的にる人は共に儒敎じゅきょうを誤解してゐるので、その本質を得た者とは言はれない。ゆえにこの傾向にしたがふのは正しい態度とは言へないのである。學問がくもん從事じゅうじした上でも、かうした失敗が多いのであるから、自身でこのてんを深くつつしみ、人々と友になつてあいえきし懸命にまなばなければいけない。儒學じゅがくつても、あやまりがあれば正しい道を得られるものでないとかはれる。まして佛老ぶつろうの道を混入してゐてそれに達し得ようか。くれぐれも愼重しんちょうな態度で以上のへいおちいらぬやう自己を防ぎ守る必要があらう。

【備考】大所たいしょ高所こうしょつて、儒敎じゅきょうの正しい旨をかれ、異端いたん邪說じゃせつ曲學きょくがくを排斥されてゐる。すなわじゅん一に孔子こうし精神せいしんあじわひ、つこれを了解し、坦々たんたんたる大道だいどうを歩むべきことを說示せつじせられたところに千きんの重みがある。