114 夢 明治天皇(第百二十二代)

たらちねのおやのみまへにありとみしゆめのおしくもめにけるかな。

【字句謹解】◯たらちねの親 垂乳根たらちねの親、幼時ようじから養育された親の義で、この場合は、御父帝ごふてい孝明こうめい天皇おおせられたのである。「たらちね」は『萬葉集まんようしゅう』では「たらちねのはは」と母親に掛けた枕言葉まくらことばに多く使用されてゐるが後に兩親りょうしんを共に言ふやうになり、ここでは主として御父帝ごふていを指してをられる ◯おしくも 殘念ざんねんなことだが、のこしかつたが ◯覺めにけるかな めてしまつたと遺憾いかんの意を言現いいあらわした言葉。

【大意謹述】ちんが幼少の時から養育を受けたてまつつた御父帝ごふていに接してゐたと夢見たが、じつ殘念ざんねんなことには、ふつとめてしまつたので、今もこの上なくのこしいがしてならない。

【備考】至孝しこうであらせられる明治天皇始終しじゅう御父帝ごふていのことを思ひしのんでをられたのでやがて、それが夢に迄、進んだのであらう。かくして夢のうちに、少年時代に還つて、御父帝ごふてい歡唔かんごされ、たのしい思ひをしてをられる折柄おりから不圖ふ とそれがめたので、本意なく、感ぜられ、も一度、夢に御父帝ごふていに接したいと望ませられたのであらう。偉大にして英明えいめい明治天皇が、御父帝ごふていたいし、甘美なこまやかな情味じょうみを持たれたことは、やがて國民こくみんをして、感激せしめねばやまなかつた。本御製ほんぎょせい謹誦きんしょうすると、暖かく柔かい春の風に吹かれるやうな、なつかしい味を敬仰けいぎょうの念のうちにいだかざるを得ない。