102 折にふれて 明治天皇(第百二十二代)

折にふれて

あたらしきとしはじめにあだしろひらきにけりとつたにけり。

【字句謹解】◯あたらしき年の始め 新年の始めのこと。新年とは明治三十八年の新春の意である ◯仇の城 旅順りょじゅんの城の義 ◯開きにけり 開城かいじょうした。旅順りょじゅん開城かいじょうは誰でも知る通り明治三十八年一月一日で、奉天ほうてんせん、日本海海戰かいせんと共に日露にちろ戰爭せんそう中最大の激戰げきせんの一つであつたとつたへられてゐる ◯傳へ來にけり 報告してた。

【大意謹述】新年の春のたよりと共に、敵軍の城が陷落かんらくしたとの報告があつた。いかにも、陽氣ようきな春にふさはしいことだ。

【備考】本御製ほんぎょせいは、通常、

 あたらしき年のたよりにあだしろひらきにけりときくぞ嬉しき

つたへられてゐる御作おんさくで、明治三十八年一月二日に旅順りょじゅん開城かいじょうの報をきこされた時えいぜられたもうたのである。「きくぞ嬉しき」とあるのが『明治・大正・今上きんじょう三帝聖德錄せいとくろく』によると「つたにけり」の誤傳ごでんである理由は、天皇はこの報に接せられても、例の通りの沈著ちんちゃく御態度ごたいどで、別段に喜色きしょくを示されなかつたと側近の人々が語つてゐる。當時とうじ旅順りょじゅん開城かいじょう後も未だたたかい繼續けいぞくしてゐる場合であるから、至尊しそん御身おんみとして、御內心ごないしんはともかく、御喜悅ごきえつの色を表面にあらわされなかつたのは、天皇の偉大な御人格を示すにほかならない。たん御製ぎょせいそのものとしても、「つたにけり」と事實じじつをありのままにえいたもうて、そこに餘情よじょうのこされた方が、遙かに價値か ちの多いやうにはいする事が出來で きる。(元參議次長長岡外史氏談)

 御製ぎょせい事實じじつそのまままれたのであるが、春の氣分きぶんあざやかに示現じげんされてゐる。が改つて、陽氣ようきな感じのする新しい春に、目出度め で た戰勝せんしょうの報がもたらされたのは、いかにも、春に一段の光彩こうさいを加へる如く、しか御製ぎょせいおいてそれがすらすらと流暢りゅうちょうに述べられてゐて、こころよいリズムがそこから流れてゐる。