98 寐覺述懷 明治天皇(第百二十二代)

寐覺述懷

ゆくすゑはいかになるかとあかつきのねざめねざめにをおもふかな。

【字句謹解】◯ゆくすゑはいかになるか 今後はどうなるであらうかと、日露にちろ開戰かいせんの初めに御心痛あそばされたこと。勿論もちろん天皇は正義のため、東洋平和のために開戰かいせんされたのではあるが、當時とうじ西洋でを唱へてゐたロシヤにたいし、我國わがくにがあれ程の大勝利をるとは御想像以外であつたかも知れない。萬國ばんこく無比む ひ國體こくたいを有する我が國家こっかはこの一せんによつていかになるかと、國民こくみん以上の御心みこころなやませられたのであつた ◯曉のねざめねざめ 夜明け方にふと御目お めさまされる度每たびごとに、しずかに御思考を妨げたてまつるものがないので、常々に考へられるとの意。「ねざめねざめ」とあるからには、御熟睡出來で きなかつた幾夜かを想像されて恐れ多い ◯世を思ふかな 世の中、すなわち日本のくにを御心配される義。

【大意謹述】將來しょうらいの日本は、この一せんの結果によつて、どうなるであらうか、光榮こうえい慘敗さんぱいか勝利か飛躍か、ちんは熟睡出來で きぬ。今日きょう此頃このごろ夜明け方などには、常々その事が考へられて仕樣しようがない。

【備考】本御製ほんぎょせいは明治三十八年の御作おんさくにかかり、日露にちろ會戰かいせん當初とうしょの御心境を、ありのままにえいぜられたものと拜察はいさつする。

(一)はからずもをふかしけりくにのためいのちを捨てし人をかぞへて

(二)夢さめてづこそ思へ軍人いくさびとむかひしかたのたよりいかにと

(三)たたかひのにわのおとづれ如何い かぞとねやにもらず待ちにこそ待て

などと共に、國家こっか國民こくみんのために日々御熟睡もなされなかつた大御心おおみこころは、國民こくみんをしてえりたださしめずにはおかない。思ふに、日露にちろ戰爭せんそう支那し なたたかつた場合とことなり、兵數へいすうその他において、ロシヤにも少からぬ强味つよみがあつたから容易に樂觀らっかんし難かつた。明治天皇がその勝敗について大御心おおみこころろうせられたのは、その御責任の極めて重大なことに想到そうとうされたからである。まん一、日本が敗北したとすれば、東洋の平和はロシヤのためにおびやかされ、みだされる。のみならず、支那し な分割の形勢を一そうつよめるのはふ迄もない。すなわちその勝敗は、ひとり、日本の運命を支配するにとどまらない。東洋全體ぜんたいの運命にもかんする。したがつて、當時とうじ明治天皇御苦心ごくしんじつに容易でなかつたことが拜察はいさつされる。本御製ほんぎょせいは、その御消息ごしょうそくを物語るのである。