82 述懷 孝明天皇(第百二十一代)

述懷

あぢきなやまたあぢきなや葦原あしはらのたのむかひなき武藏野むさしのはら

【字句謹解】◯あぢきなやまたあぎきなや 相手が自分の想像とはづれたので、心中に持つてゐた興味をすべて失ふことを「あぢきなし」といふ。德川とくがわ幕府が外夷がいいたいして不徹底な態度と無能とをつづけてゐるので、天皇は遂に我慢されがたく、「あぢきなや」をくり返し、更に「たのむかひなき」とおおせられたのである ◯葦原 日本の意で、ここでは全日本のそう意志を代表された皇室の御意ぎょいのこと。後句こうく武藏野むさしのはら」をいふためにこの御言葉みことばを用ひられたとはいすることが出來で きる ◯たのむかひなき 信賴しんらいを裏切つたこと ◯武藏野の原 武藏國むさしのくににある江戸幕府を指された。

【大意謹述】何といふ無用な、理由のない存在であらう。これ程朝廷が信賴しんらいしたのに、その信賴しんらいを江戸にある德川とくがわ幕府は全然裏切り、時局を打開する方針を少しも採らないでゐる。ちんは幕府にたいする何等なんらの興味をも失つてしまつた。

【備考】當時とうじ、幕府に人材が乏しく、將軍しょうぐんが無能であつために、叡慮えいりょそむきまゐらせたことが度々だつた。したがつて孝明こうめい天皇は、事每ことごとに失望なされたのである。そのめに大御心おおみこころは、一も休む暇なく、始終しじゅう國事こくじについて憂慮ゆうりょせられた。しかも幕府は、依然いぜんとして無能無策でおし通し、何ら反省する所がほとんどなかつた、そのめ、主上しゅじょう御焦燥ごしょうそうは、一段、深められたのである。