4 葛野 應神天皇(第十五代)

葛野

知婆能、伽豆怒塢彌例磨、茂茂智儾蘆、夜珥波母彌喩、區珥能朋母彌喩。

【謹譯】千葉ち ばの、葛野かづぬれば、百千ももちたる、家庭やにわゆ。くにゆ。

【字句謹解】◯千葉の 葉の多い義で、「葛野かづぬ」の枕言葉、くずは葉が多いのでかくいふ ◯葛野 宣長のりながはこれを山城國やましろのくに葛野かどの乙訓おとくに紀伊き い三郡にわたる平野の總稱そうしょうとしてゐる ◯百千たる 民家が多く立ち滿ちてゐる有樣ありさ ◯家庭 民の住む場所 ◯國の秀 國內こくないのすぐれて人目を惹く良い地。

〔注意〕本御製ほんぎょせいは『日本書紀かん十にある。應神おうじん天皇近江國おうみのくに行幸ぎょうこうなされた時のものとはいする。『應神紀おうじんき』には

  六年春二月きさらぎ天皇すめらみこ近江國おうみのくにみゆきして、菟道野う ち ぬの上に至りて、うたひてのたまわく、

と見え、『古事記中卷ちゅうかんには、

  る時天皇すめらみこ近淡海お う みくにえいでます時、宇遲野う じ ぬの上に御立み たたして、葛野かづぬ見放み さけまして、うたはしけらく、

とある。

【大意謹述】この土地から葛野かづぬの平野を見おろすと、そこには日々にして幾千となく建つた家々が見え、國中くにじゅうですぐれて人目をひく場所なども見える。

【備考】この御製ぎょせいは、國中くにじゅうが次第にさかえてゆく有樣ありさ御覽ごらんになつて、國民こくみんのため何よりも、それを悅喜えっきせられた思召おぼしめしを表現せられてゐる。春の平野に於ける遠望えんぼうの快適さは、ふ迄もないが、左樣そ うした景觀けいかんを鑑賞せらるると共に、深く民衆の幸福こうふくいのられた御心持おこころもちやわらかくあらはれてゐる。