3 望郷 景行天皇(第十二代)

望郷

波辭枳豫辭、和藝幣能伽多由、區毛位多知區暮、夜摩苔波、區珥能摩保邏摩、多多儺豆久、阿烏伽枳夜摩許莽例屢、夜摩苔之于漏破試、異能知能、摩曾祁務比苔破、多多彌許莽、幣遇利能夜摩能、志邏伽之餓延塢、于受珥左勢許能固。

【謹譯】はしきよし、吾家わぎへかたゆ、くもも、やまとは、くにらば、たたなづく、靑垣山あおがきやまこもれる、やまとし、うるはし、いのちの、そけむひとは、たたみこも、平群へぐりやまの、白檮しらがしを、髻華う づせ、

【字句謹解】◯愛きよし 「はしき」はうるはしい義で、「よし」は助辭じょじ。故郷を賞美されることである ◯吾家の方ゆ 我が故郷の方からの義。「ゆ」は動作の起點きてんをあらはすもの ◯雲居起ち來も 雲がつてこちらへ向つてること ◯國の眞區らば くに眞中まんなかにある場所の意 ◯たたなづく 長いものの縮まり寄合つてたたまつてゐる形容で、靑垣山あおがきやまにかかる ◯籠れる 一面にあおい山にかこまれての中に入つて外部からは見えないこと ◯麗はし 美しい ◯命の全そけむ人 生命の健康な人 ◯たたみこも こもたたみこんだといふ義で、次の「平群へぐりやま」にかかる。たたんだ菰重こもへから「へ」を受け、平群へぐりやまとなつたもの ◯平群 大和國やまとのくに平群へぐりぐんにある山のこと ◯白檮が枝 白樫しらがしの枝で、平群へぐりやまから當時とうじかしが多く出たらしいといはれてゐる ◯髻華に挿せ 木草もくそうの枝をかしらすことで、後世の挿頭かざしと同じ。これをして行樂こうらくしたのである ◯此の子 前句の「いのちそけむ人」を受けたもの。

〔注意〕本御製ほんぎょせい景行けいこう天皇子湯縣こゆのあがた行幸ぎょうこうあり、はるかに帝都をおもうてえいぜられたと『日本書紀』にあるが、『古事記』には日本武尊やまとたけるのみこと御歌ぎょかとし、これを三句に區別くべつしてせてある。參考さんこうのため次に兩者りょうしゃを引用する。

(一)『景行紀けいこうき』の記事

 十七年春三月やよい戊戌つちのえいぬついたち己酉つちのととり子湯縣こゆのあがたみゆきして͡丹裳小野こものおぬに遊びたまふ。時にひむがしのかたをそなはして、左右もとこひとひてのたまわく、くにただづるかたけり。かれくになづけて日向ひゅうがのたまふ。野中のなか大石おおいしのぼりまして、京都みやこしのびたまひてうたひてのたまわく、云々

(二)『古事記中卷ちゅうかんの記事

 そこよりいでまして、能煩野の ぼ ぬいたりませる時に、くにしのばしてうたひたまはく、

  やまとは、くにまほろば、たたなづく、靑垣山あおがきやまこもれるやまとし、うるはし。

また

  いのちの、またけむ人は、たたみこも、平群へぐりの山の、くま白檮か しが葉を、髻華う づにさせ、その

 この御歌みうたは、思國歌くにしぬびうたなり。またうたひたまはく、

  はしけやし、吾家わぎへかたよ、くもも。

 こは片歌かたうたなり。の時御病やまいにわかになりぬ。ここに御歌みうたして、

  をとめの、とこに、が置きし、つるぎの太刀た ち、その太刀た ちはや。

 と歌ひへて、すなわかむあがりましぬ。かれ驛使はゆまづかいたてまつりき。

【大意謹述】したはしい、ちんの故郷である、帝都にあたつて、雲がち、こちらへ進んでてゐる。帝都やまとは、我がくにの中心地にある所の凹地おうちである。いくつかの物を重ね合つたやうなあおい山々に四方を取りかれて、その中にすつかりかくれてゐるやまとこそ、非常に美しくなつかしい。健全な身體からだを持つた人々よ。汝等なじらはすぐにその場にき、こもをたたんだ形に似たやまと平群へぐりやまから出る白樫しらがしの枝を頭髮とうはつしてたのしく遊べよ。

【備考】拜誦はいしょうすると、春によそわはれた大和のくにのなつかしい光景が、おのづからの前に浮ぶ。白樫しらがしの枝を頭髮とうはつにさしてたわむるる人々の長閑のどかな、たのしげな樣子ようすが思ひ出される。春の感じが、かうして全面に波打つてゐる。美しく、尊い御製ぎょせいである。