2 うま酒の歌 崇神天皇(第十代)

うま酒の歌

宇磨佐階、瀰和能等能能、阿佐妬珥毛、於辭寐羅箇禰、瀰和能等能渡鳥。

【謹譯】味酒うまざけ三輪み わ殿とのの、朝戸あさとにも、ひらかね、三輪み わ殿門とのどを。

【字句謹解】◯味酒 非常に美味な酒の義で、次句の「三輪み わ」が「神酒み わ」に通ずるので使用した。その由來ゆらい本御製ほんぎょせいとなるのである ◯三輪の殿の 大物主神おおものぬしのかみ靈廟れいびょうの意。大物主神おおものぬしのかみの子孫の大田おおた田根子た ね こ祖神そじんを祭り、酒を釀造じょうぞうして、天皇たてまつつたので、神殿しんでんで酒宴を開かれた。その時にえいぜられたのでこの句を挿入したのである ◯朝戸にも押し開かね 一夜中飮みあかしたのち、朝になつたら社殿しゃでんの戸を押し開いて散會さんかいせよとのおおせである ◯三輪の殿門を 繰返しによつて意味を强めたのである。

【大意謹述】大物主神おおものぬしのかみを祭つた三輪み わ社殿しゃでんで、美味な酒をあじわひながら、酒宴をすることは、ちん汝等なんじら同樣どうように愉快である。汝等の申す通り、今夜はかんつくしてえんつづけ、夜明よあけになつたら、三輪の社殿しゃでんを押し開いて、退出するがよい。

【備考】本御製ほんぎょせい崇神すじん天皇大物主神おおものぬしのかみ後裔こうえい大田おおた田根子た ね こを登用して、大物主神おおものぬしのかみを祭りたもうたので、そこの掌酒さかびととなつた活日いくひ神酒しんしゅ獻上けんじょうし、一同で酒宴しゅえんされた際の御製ぎょせい拜察はいさつする。天皇臣下しんかに向ひ、親愛の心持こころもちを以てたいせられた御樣子ごようす快活かいかつ明朗めいろう御精神ごせいしんいだかせられた事が拜察はいさつされる。『崇神紀すじんき』には次の如く見える。

  八年夏四月うづき庚子朔かのえねのついたちきのと、高橋むらの人活日いくひを以て大神おおみかみ掌酒さかびととなしたまふ。。冬十二月しわする丙申朔ひのえさるのついたちきのと天皇すめらみこ大田おおた田根子た ね こを以て大神おおみかみを祭らしめたまふ。の日に活日いくひみずか神酒み きささげて天皇すめらみこたてまつる。りてうたよみしていわく、

   みきは、みきならず、大倭やまとす、大物主おおものぬしの、みしさけ幾久いくひさ幾久いくひさ

  かく歌ひて、神宮かみのみやうたげしたまひき。すなわえんおわりて、諸大夫たゆう歌ひてのたまわく、

   味酒うまざけ三輪み わ殿とのの、朝戸あさとにも、でてかな、三輪み わ殿門とのどを。

  ここおい天皇すめらみこうたよみしてのたまわく、

   味酒うまざけ三輪み わ殿とのの、朝戸あさとにも、ひらかね、三輪み わ殿門とのどを。

  すなわ神宮かみのみやみかどを開きて幸行い でます。所謂いわゆる大田おおた田根子た ね こは今の三輪君みわのきみ始祖とおつおやなり。

 以上にしたがへば、諸大夫たゆう美酒み きしょうし、かんつくして、「夜の明けるまではここを去りたくない」と申し上げると、天皇もそれをさんたまひ、「朝になつたら退出せよ、それまでは酒宴をつづけよ」と仰せられたので、天皇また一夜中、その座にましましたことが判明する。