73 勳章增設ノ詔勅 明治天皇(第百二十二代)

勳章くんしょう增設ぞうせつ詔勅しょうちょく(明治二十一年一月三日)

【謹譯】ちんさき勳位くんいさだメ、佩章はいしょうせいもうク。ここ潤飾じゅんしょく增設ぞうせつシ、新舊しんきゅうとも併行へいこうシ、勳功くんこうアルもの賞旌しょうせいシ、もっ奬勵しょうれいみちひろム。なんじ衆庶しゅうしょむねたいセヨ。

【字句謹解】◯勳章 國家こっか功勞こうろうある者にさずける徽章きしょう〔註一〕參照さんしょう ◯勳位ヲ定メ 國家こっか功勞こうろう者にたいして國家が優遇する地位の範圍はんい ◯佩章ノ制 勳章くんしょうの制と同じ、前文に「さきに」とあるのが、ここまでかかるので、明治八年四月の「勲等くんとう賞牌しょうはい制定ノ勅語ちょくご」を指されたもの ◯潤飾增設 勳章くんしょうの種類を增加ぞうかする意。潤飾じゅんしょくは外部の飾りをすことで、增加ぞうかと同意にこの場合は使用されてゐる〔註二〕參照 ◯併行 兩方りょうほう共に使用する ◯賞旌 國家こっか褒賞ほうしょうする證據しょうことする ◯奬勵ノ道ヲ擴ム 今後國民こくみん國家こっかたいしてこうを致すやうにと勸誘かんゆうする道を諸方面に知らせるとの意で、勳章くんしょう制定の目的の一にこれがあることを知らなければならない。

〔註一〕勳章 我がくにに於いて明治以前は勳位くんいのみあつて勳章くんしょうはなかつた。これが制定されたのは明治八年四月で、西洋諸國しょこくかたを採用して文武ぶんぶ功勞こうろう者にさずけられるのである。その沿革はづ明治八年四月にはくん一等から八等までの勳等くんとう賞牌しょうはい及びその略綬りゃくじゅを定め、九年十一月に賞牌しょうはい勳章くんしょうと改め、十年十二月に改正あり、本詔ほんしょうで〔註二〕の如く增設ぞうせつされ、二十三年十二月には金鵄きんし勳章くんしょうの創設あり、武功ぶこう者にたまはることになつた。更に二十八年八月には贋造がんぞう及び無資格者佩用はいよう罰則ばっそくを定め、明治年間には全て次の如きものが制定された。(一)大勳位だいくんい菊花きっか大綬章だいじゅしょう、(二)同菊花章きっかしょう、(三)旭日きょくじつ桐花とうか大綬章だいじゅしょう―一等相當そうとう、(四)同大綬章だいじゅしょう―二等、(五)同中綬章ちゅうじゅしょう―三等、(六)同小綬章しょうじゅしょう―四等、(七)同雙光章そうこうしょう―五等、(八)同單光章たんこうしょう―六等、(九)靑色せいしょく桐葉章とうようしょう―七等、(一〇)白色はくしょく桐葉章とうようしょう―八等、(一一)瑞寶章ずいほうしょう自一等至八等いっとうよりはっとうにいたる、(一二)金鵄きんし勳章くんしょう自一級至七級いっきゅうよりひちきゅうにいたる(一三)寶冠章ほうかんしょう自一等至八等いっとうよりはっとうにいたる

〔註二〕潤飾增設 本詔ほんしょう增設ぞうせつ大體だいたい次の如く分類出來で きる。

(一)寶冠章ほうかんしょうくん一等からくん五等までで、婦人の勳勞くんろう者にたまふもの。ただし、明治二十九年に至り、八等までに改められた。

(二)くん一等旭日きょくじつ桐花とうか大綬章だいじゅしょう―これを旭日きょくじつ大綬章だいじゅしょうの上級と定めた。

(三)瑞寶章ずいほうしょうくん一等から八等までに至る。

(四)大勳位だいくんい菊花章きっかしょう頸飾くびかざり大勳位だいくんいじょした者にたまはる。

〔注意〕勳章くんしょうの沿革に就て、その時々に下したもうた詔勅しょうちょくを二、三列擧れっきょする。

(一)勳等くんとう賞牌しょうはい制定ノ勅語ちょくご(明治八年四月十日、岩倉公實記)

(二)大神宮だいじんぐう大勳章だいくんしょうヲ納ムルノ勅語(明治九年十二月二十七日)

(三)勳章くんしょう增設ぞうせつ詔勅しょうちょく(明治二十一年一月三日、官報

(四)金鵄きんし勳章くんしょう創設ノ詔勅(明治二十三年二月十一日、官報

【大意謹述】ちんかつ國家こっか勳功くんこうある者の位を定め、その程度におうじてあたふべき勳章くんしょうの制定をした。今囘こんかい、更にその外見を美麗びれいにして種類をし、新設のものとふるいものとを同時に使用し、國家こっか功勞こうろうある者を褒章ほうしょうする證據しるしとして、一般國民こくみんにそれをすすめる道をひろめることとした。汝等なんじら國民は、朕がかくする意をよく理解せよ。