72 故島津久光ヲ弔スルノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

島津しまづ久光ひさみつちょうスルノ勅語ちょくご(明治二十年十二月 官報

【謹譯】これちゅうこれせいはじめ勤王きんのう大義たいぎとなヘ、允文いんぶん允武いんぶおわり中興ちゅうこう鴻圖こうとたすク。いでテハ三だい顯職けんしょくれっシ、退しりぞいテハ四みん重望じゅうぼうフ。まこと國家こっか元勳げんくんニシテ、じつ貴紳きしん領袖りょうしょうリ。ここ溘亡こうぼうク、なん痛悼つうとうたえン。よっ侍臣じしんつかハシ、幣帛へいはくおよび神饌しんせんもたラシ、もっ弔慰ちょういセシム。

【字句謹解】◯維忠維誠 忠誠ちゅうせいの意を力强く表現した修辭しゅうじ ◯勤王ノ大義 天皇親政しんせいの意義をあきらかにし、君臣くんしん名分めいぶんを正しくする義 ◯允文允武 文武ぶんぶいでてゐる事 ◯中興ノ鴻圖 王政おうせい復古ふっこ大業たいぎょう ◯三台 左大臣・右大臣・太政大臣のこと ◯顯職 立派な役目、大官たいかんの意 ◯四民 士農しのう工商こうしょう ◯重望 名望めいぼうに同じ ◯元勳 主輔佐しゅほさの上に功勞こうろう多きもの ◯貴紳 華族かぞく及び上流階級 ◯領袖 人のかしらたるもの ◯神饌 かみへの供物くもつ

【大意謹述】けい國家こっか・皇室にたいして、忠義ちゅうぎつかへ、早くから勤王きんのうの大義を唱へて、文武ぶんぶの上にいで、明治維新中興ちゅうこう大業たいぎょうつくした。ちょうに列しては、左右大臣の顯職けんしょくに就き、にあつては士民しみん仰望ぎょうぼうするところとなり、しん國家こっか元勳げんくんたるのみならず、じつ華族かぞく・名門中頭首とうしゅであつた。今、その世を去るのほうに接し、痛悼つうとうじょうおさへ難い。よっ侍臣じしんつかはして、幣帛へいはく及び供物くもつもたらさしめ、弔慰ちょういせしめる。