67 兵制ニ貢獻セシ佛人「ミユニエ」ニ賜ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

兵制へいせい貢獻こうけんセシ佛人ふつじん「ミユニエ」ニたまヘル勅語ちょくご(明治十三年五月)

【謹譯】わが陸軍りくぐん擴張かくちょうときさいシ、貴國きこく政府せいふ請求せいきゅうシ、なんじもっ敎導きょうどうことつかさトラシム。なんじひさシクその職務しょくむちからつくシ、おおい兵制へいせい進歩しんぽたすケ、そのこうもっとおおシ。ちんふかこれよみス。いま滿みちまさ本國ほんごくかえラントス。ちんこれおしム。なんじ自愛じあいセヨ。

【字句謹解】◯ミユニエ ミユニエ(Mynuet)はフランス人で明治八年から十五六年迄、わが陸軍に雇はれ、十七年卒去そっきょ〔註一〕參照さんしょう ◯陸軍擴張 陸軍の規模をひろげる ◯貴國政府 フランス政府 ◯敎導 おしへ導く ◯兵制 軍事上の諸制度 ◯本國 フランス ◯自愛 健康に注意し、心身しんしんを大切にすること。

〔註一〕ミユニエ 『陸軍省沿革史』を見ると、明治十年二月二十三日のところに、「佛國ふつこく陸軍敎師きょうし首長しゅちょうミユニエー、工兵こうへい大尉たいいジユールダン、函館港はこだてこう防禦策ぼうぎょさくたてまつる」とあり、四月十八日のところには、「ミユニエー、新潟港防禦ぼうぎょ策をたてまつる」とある。その他、れは、敦賀つるが港・宮津みやづ港の防禦ぼうぎょ策についても進言した。彼れの在任中に參謀さんぼう本部が設けられ、陸軍職制しょくせい出來で きたのみならず、徵兵令ちょうへいれいの改定、陸軍給與きゅうよ規則の改正などが行はれたのを見ると、ミユニエがそれらに參與さんよして、相當そうとう功勞こうろうがあつたことが推知すいちせられる。

【大意謹述】わが陸軍擴張かくちょうを行ふにあたり、フランス政府に請求して、けいへいし、敎導きょうどうのことにあたらしめたところ、けいは久しく、その職務のためにつくした。その結果、兵制の進歩を實現じつげんし得て、功勞こうろうが少くない。ちんは深くこれよみする。今けいが任期滿ちて、フランスにかえらうとするにあたり、朕は別れを惜しむの情に堪へぬ。けいそれ健康に注意して長壽ちょうじゅを保てよ。