63 太政大臣三條實美ニ大政ヲ委任スルノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

太政だいじょう大臣だいじん三條さんじょう實美さねとみ大政たいせい委任いにんスルノ勅語ちょくご(明治九年六月一日 三條實美公年譜)

【謹譯】ちん巡幸じゅんこうあいだしたしまつりごとルコトヲス。ぼん百ノことなんじ實美さねとみ委任いにんス。なんじ實美さねとみちんたいシテこれ處分しょぶんセヨ。重大じゅうだいけんいたっテハ、一々これ行在あんざい以聞いぶんシテさばきヘ。こと緊急きんきゅうニシテ稽緩けいかんスヘカラサルモノハ、便宜べんぎ處決しょけつシテのち事由じゆう以聞いぶんスヘシ。

【字句謹解】◯巡幸 明治天皇かせられては、この年の六月に奥羽おうう地方に行幸ぎょうこうあり、七月に還幸かんこうましました。その間、三じょう太政大臣に政務をまかされたのである ◯親ク政ヲ視ルコトヲ得ス 國政こくせい天皇みずか裁斷さいだんされるのは不可能である ◯凡百ノ事 政治上のすべての事 ◯委任ス 責任をまかす ◯行在 りの皇居の意 ◯以聞 天皇御耳おんみみに達する ◯裁ヲ請ヘ 最後の裁定さいていを願ふ手續てつづきをとれとのおおせである ◯緊急 至急を要する重大な事件 ◯稽緩スヘカラサルモノ ゆつくりと落着いてゐられない性質の事件 ◯便宜處決 都合のよいやうに決定する ◯其ノ事由 その事件の經過けいか

〔注意〕この後、明治十年一月に御西幸ごさいこうせつには、岩倉いわくら具視ともみたいし、

 右大臣岩倉いわくら具視ともみニ政治ヲ委任スルノ勅語ちょくご(明治十年一月二十四日、岩倉公實記)を下された。その文面は本勅ほんちょくほとんど同じである。

【大意謹述】ちん奥羽おうう諸地しょち行幸ぎょうこうする間、自身で國政こくせい裁斷さいだんすることは出來で きない。ゆえに政治上の一切の事は、なんじ實美さねとみに責任をまかせる。實美さねとみよ、なんじは朕の意をよく了解して、適當てきとうにそれらを取扱へ。し重大事件が勃發ぼっぱつしたならば、その度每たびごとに朕の一宿所しゅくしょにまで報じ、それにたいする最後の裁定さいていを願ふがよい。又、至急を要してそれらの手續てつづきんでゐられない場合には、都合のよいやうなんじが裁定して、その後に事件の經過けいかを朕の耳に入れよ。