55 紀元節賜酺ノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

紀元節きげんせつ賜酺し ほ勅語ちょくご(明治六年一月二十九日 太政官日誌)

【謹譯】ちんここ紀元きげん吉日きちじつしゅくシ、群臣ぐんしん會同かいどうシ、酺宴ほえんリ、舞樂ぶがくそうセシム。なんじ群臣ぐんしんちんともしゅくスルノたいシ、かんつくセヨ。

【字句謹解】◯賜酺 酒宴しゅえんもよおされること ◯紀元ノ吉日 紀元節きげんせつの良き日 ◯群臣ヲ會同シ 朝臣ちょうしんすべて召し集めること。この句以後は本勅ほんちょくの直前に謹述きんじゅつした『新年しんねん宴會えんかい勅語ちょくご』(明治六年一月五日、太政官日誌)とほとんど同文であるから、そのじょう參照さんしょうのこと〔註一〕參照 ◯酺宴ヲ張リ 天皇を中心としたてまつつて宮中で酒宴を開くこと ◯歡ヲ盡セヨ 十分に滿足まんぞくせよとの義。

〔註一〕紀元節 神武じんむ天皇御卽位ごそくいを記念する祝日しゅくじつで、陰曆いんれきによると、正月朔日ついたちとなるが、太陽れきに換算するならば二月十一日となる。その始めて祝日しゅくじつとされたのは、明治五年のことで、六年に至り、神武じんむ天皇御卽位ごそくいの日を紀元節きげんせつしょうすべき旨、布告ふこくせられたのである。

【大意謹述】ちんはここに紀元節きげんせつ吉日きちじつ祝賀しゅくがする意味で、一同のしんを召し集めて酒宴しゅえんを張り、舞樂ぶがくそうせしめることにした。汝等なんじら群臣ぐんしんは、朕が皆と共に喜ぶの意味をたいして、十分滿足まんぞくするまで酒宴をつづけよ。

【備考】近來きんらい紀元節きげんせつには、建國祭けんこくさいさかんに行はれる。それによつて、道義どうぎ建國けんこくの旨を宣說せんぜつせられた昔をしのぶ。みちくに日本が、神武じんむ天皇によつて、開創かいそうせられたことを思ふとき、祖國そこく愛が力强く湧き起るのを感ずる。丁度紅梅こうばい白梅はくばいの匂ひそめた時節で、春の新しい動きが見ゆるにつけて、一そうほがらかな氣分きぶんを添へる。