45 幕軍追討ニ功アル人人ニ賜ヘル詔 明治天皇(第百二十二代)

幕軍ばくぐん追討ついとうこうアル人人ひとびとたまヘルみことのり(明治二年六月 明治政覽)

【謹譯】ちんおもんみルニ、皇道こうどうおとろえふくシ、天下てんかできすくフハ、一ニなんじ有衆ゆうしゅうちからル。しかシテせつ巖疆がんきょうテ、遠方えんぽうヘ、艱苦かんく盡萃じんすいいたラサルシ。ちんせつこれ嘉奬かしょうス。すなわ頌賜はんしもっ有功ゆうこうむくユ。かえりみレハ、前途ぜんとはなはとおシ。それ翼賛よくさん大成たいせいセヨ。ちんますますのぞみなんじ有衆ゆうしゅうゆうス。つとメヨヤ。

【字句謹解】◯ 沈沒ちんぼつの意 ◯資ル るに同じ ◯巖疆 けわしいさかい ◯艱苦 いろいろの苦しみ、なやみ。〔註一〕參照さんしょう ◯盡萃 あらゆる力をつくす ◯嘉奬ス 喜びつすすめ、ほめる ◯頌賜 御下賜品おかしひんわかたれること ◯有功 功勞こうろうに同じ ◯翼賛 皇室の御事業ごじぎょうに心を傾け、力を添へまゐらす事 ◯大成 明治維新偉業いぎょうまっとうする事 ◯懋メヨヤ 勉强べんきょうせよの意。

〔註一〕艱苦 明治元年から伏見ふしみ鳥羽と ばたたかひ、更に奥羽おううおもむいて、幕軍ばくぐん追討ついとうした將士しょうしこうしょうせられ、官位かんいを進め、あるい褒賞ほうしょう慰勞いろうたまわり、それぞれ彼等の功勞こうろうむくいられた。いで九月十四日にも、蝦夷え ぞ征討せいとうこうそうした人々に向つても祿ろくたまひ、本詔ほんしょう同樣どうようおおせをつたへられた。更に九月二十六日、王政おうせい復古ふっこに最もこうある人々をしょうせられたのである。(『政治經濟篇』参照)

【大意謹述】今日、衰へた皇道こうどういにしえの如くにおこし、天下の人民を窮苦きゅうくから救ひあげることが出來るやうになつたのは、一に汝等なんじらの力によるところが少くない。汝等は困難な境地にゐて、よく忠節ちゅうせつを守り、皇威こういを遠い地方に迄宣揚せんようし、いろいろの苦勞くろうを積んで、皇道こうどうのため、あらゆる力を捧げた。ちんはこのてんを深く喜悅きえつし、天下にこれあきらかにしたいと思ふ。よっここ賞與しょうよして、その功績にむくいる。ただこの際、かえりみて前途を考へると、まだまだ心をゆるめるわけにはゆかぬ。汝等はこの重要てんを意識して、皇室の天業てんぎょうを助け、これをまっとうすることを心がけてほしい朕は汝等に期待するところが多いから、十分に勉强べんきょうせよ。