37 立太后の宣命 孝明天皇(第百二十一代)

太后りったいごう宣命せんみょう(弘化四年三月 孝明天皇紀)

現神大八洲國所知天皇良萬止親王諸王諸臣百官人等天下公民、衆聞⻝宣。

凡爲人子者、於夜恩愛比天崇飾留古止波、米豆良可爾波。往代聖主行來迹事曾止所聞行。故是以、准三宮藤原氏太后上奉崇賜。此狀、隨法供奉天皇御命、衆聞⻝宣。

【謹譯】

現神あきつみかみ大八洲おおやしまぐにろしめす天皇すめらみことらまとりたまふおおみことを、親王み こたち、諸王おおきみたち、諸臣お みたち、百官もものつかさひとたち、あめした公民おおみたから、もろもろきこしめさへとる。

およひとたるものおや恩愛おんあいむくいてあがかざることは、めづらかにあたらしきまつりごとにはあらず。往代むかし聖主ひじりおこなきたりし迹事ふることぞとこしめす。ここて、じゅん三宮さんぐう藤原氏ふじわらし太后こうたいごうたてまつあがたまふ。さまさとりて、のりのまにまにそなたてまつれとりたまふ天皇すめら御命おおみことを、もろもろきこしめさへとる。

【字句謹解】◯現神 現世神げんせいしんの意、天皇を申したてまつる ◯らまと 念を押す語 ◯崇め 崇拜すうはいする ◯飾る 地位を立派にする ◯めづらかに新しき政 珍らしく今はじまつた政治の方針 ◯往代の聖主 過去の諸天皇 ◯迹事 過去から引きつづいて行はれてた事 ◯准三宮藤原氏 三宮さんぐうじゅんじた地位にある藤原氏の意で、孝明こうめい天皇御生母ごせいぼ藤原雅子まさこを指したてまつる ◯法のまにまに 國法こくほう通りに。

〔注意〕孝明こうめい明治めいじおん二代の宣命せんみょうを次に列擧れっきょする。孝明こうめい天皇時代の宣命せんみょうかず多く、ほとんど大部分が當時とうじ國難こくなん平定のためのもので、それは『神祇じんぎ佛敎ぶっきょう篇』にげた。ここには神祇じんぎ以外のものをげる。

(一)德川とくがわ廣忠ひろた太政大臣しょう一位をおくるの宣命せんみょう嘉永元年十月)

(二)德川家基いえもと太政大臣正一位おくるの宣命嘉永元年十月)

(三)豐明節會とよのあかりのせちえ宣命嘉永元年十一月)

(四)藤原實光さねみつ左大臣を贈るの宣命嘉永三年三月)

(五)德川家祥いえよしの夫人藤原秀子ひでこ敍位じょい宣命嘉永三年八月)

(六)ぞうしょう和氣淸麻呂わけのきよまろ護王ごおう大明神だいみょうじんあがさずくるに正一位を以てするの宣命嘉永四年三月)

(七)女御にょうご藤原夙子ふじわらのあさこ三宮さんぐうじゅんずるのみことのり嘉永六年五月)

(八)德川家慶いえよし太政大臣正一位るの宣命嘉永六年八月)

(九)德川家定いえさだ太政大臣正一位を贈るの宣命安政五年八月)

(一〇)前內大臣さきのないだいじん藤原實萬ふじわらのさねつむに右大臣を贈るの宣命文久二年八月)

(一一)昌仁まさひと親王しんのう天台てんだい座主ざ すに任ずるの宣命文久二年閏八月)

(一二)德川齊昭なりあきじゅ二位ごん大納言だいなごんを贈るの宣命文久二年九月)

(一三)島津しまづ齊彬なりあきらじゅごん中納言ちゅうなごんを贈るの宣命文久三年二月)

(一四)松平まつだいら正之まさゆき贈位ぞうい宣命(元治元年三月)

(一五)德川家康いえやす繼母けいぼ藤原眞喜子ふじわらのまきこじゅ一位を贈るの宣命慶應二年七月)

ほ明治時代の宣命せんみょうげる。

(一)孝明こうめい天皇諡號おくりなたてまつるの宣命せんみょう慶應三年二月十六日、岩倉公實記)

(二)大神宮だいじんぐう首服しゅふくを告げたてまつるの宣命明治元年正月三日、復古記)

(三)卽位そくい奉告ぶこく宣命明治元年八月二十一日、岩倉公實記)

(四)卽位そくい奉告ぶこく宣命明治元年八月二十二日、岩倉公實記)

(五)卽位そくい宣命明治元年八月二十七日、太政官日誌)

(六)毛利もうり元就もとなり神號しんごうおくるの宣命(明治二年三月三日、太政官日誌)

(七)英國えいこく皇族の來朝らいちょうろうするの宣命(明治二年七月二十五日、岩倉公實記)

(八)天神てんじん地祇ち ぎ鎭座ちんざ宣命(明治二年十二月十七日、太政官日誌)

(九)皇靈こうれい鎭座ちんざ宣命(明治二年十二月十七日、太政官日誌)

(一〇)松尾祭まつおさい奉幣ほうへい宣命(明治三年四月十二日、太政官日誌)

(一一)欽明きんめい天皇御年祭ごねんさい奉幣ほうへい宣命(明治三年四月十二日、太政官日誌)

(一二)大友おおとも廢帝はいてい・九じょう廢帝はいていおくりなたてまつるの宣命(明治三年七月二十三日、太政官日誌)

(一三)春季しゅんき御祭典ごさいてん宣命(明治四年二月二十八日、太政官日誌)

(一四)孝明こうめい天皇山陵さんりょう奉告ほうこく宣命(明治四年四月八日、太政官日誌)

(一五)遣外國使祭けんがいこくしさい宣命(明治四年五月十五日、太政官日誌)

(一六)遣外國使祭けんがいこくしさい宣命(明治四年五月十八日、太政官日誌)

(一七)皇靈こうれい遷座ごせんざ宣命(明治四年九月三十日、太政官日誌)

(一八)豐明節會とよのあかりのせちえ宣命(明治四年十一月十八日、太政官日誌)

(一九)伏見ふしみ品宮ぽんのみやいたむの宣命(明治五年八月九日、太政官日誌)

(二〇)招魂社しょうこんしゃ大祭たいさい宣命(明治五年九月二十三日、太政官日誌)

(二一)招魂社しょうこんしゃ戰死者せんししゃ合祀ごうし祭文さいもん(明治七年十一月六日、陸軍省日誌)

(二二)招魂社しょうこんしゃ戰死者せんししゃ合祀ごうし祭文さいもん(明治八年二月二十二日、陸軍省日誌)

(二三)肥前ひぜんのくに賊徒ぞくと討伐とうばつこうありし矢柄到やがらいたる招魂社しょうこんしゃ合祀ごうしするの祭文さいもん(明治八年七月四日、陸軍省日誌)

(二四)招魂社しょうこんしゃ靖國神社やすくにじんじゃ改稱かいしょう別格べっかく官幣社かんぺいしゃと定めたまへる御祭文ごさいもん(明治十二年六月二十五日、靖國神社誌)

(二五)楠正成くすのきまさしげ贈位ぞうい追陞ついしょう策命さくみょう(明治十三年七月二十日、公文錄)

(二六)岩倉いわくら具視ともみの墓前に告ぐるの御祭文ごさいもん(明治二十二年二月十一日)

(二七)本居宣長もとおりのりなが位階いかい追陞ついしょう策命文さくみょうぶん(明治三十八年十二月十一日)

以上が明治天皇時代にはっせられた宣命せんみょうで、二、八、一三、二〇、二四の五しょうは『神祇じんぎ佛敎ぶっきょう篇』に謹解きんかいした。

【大意謹述】現御神あきつみかみとして日本を統治される天皇おおせられる御詞おことばを、親王しんのう諸王しょおう諸臣しょしん、宮中に奉仕する官吏かんり及び國民こくみんことごとくもきこしめされるやうもうし上げる。

 一たい、人の子としてこの世に生れ出た者は、誰でも自分を生んだ親にたいして、その養育の恩と愛情の深さとにむくい、尊敬してその地位をのぼすことは、少しも珍らしい例ではない。遠い以前の諸天皇御代み よから行はれて、多く、先例のそんする事である。このゆえに、今囘こんかい天皇にはちんの生母で、三宮さんぐうじゅんずる地位にある藤原雅子ふじわらのまさこを、太后こうたいごうの位にのぼせ、それに相當そうとうした待遇をたてまつり、尊敬の心をつくすこととなつたとおおせられる。この理由を十分了解し、忠實ちゅうじつに奉仕するやうにありたい。かくおおせられる天皇御詞おことばを、一同の方々に於かせられてもきこしめされるやうともうし上げる。