36 將軍家光の病氣平癒祈禱の宣命 後光明天皇(第百代)

將軍しょうぐん家光いえみつ病氣びょうき平癒へいゆ祈禱きとう宣命せんみょう(慶安四年三月 石淸水文書)

天皇詔旨、掛畏石淸水御坐勢留八幡大菩薩廣前美毛申給者久止、柳營不例聞⻝祈請志多萬布、急除灾厄早令快氣、身體安穩運命延長垂擁護給倍止所念行氐奈牟。故是以、吉日良辰擇定正三位行權中納言朝臣廣通差使、禮代御幣令捧持奉出賜。掛畏大菩薩、此狀聞⻝天皇朝廷寶位無動常磐堅磐夜守日守護幸給倍止、恐美毛申給者久止申。

【謹譯】天皇すめら詔旨みことと、けまくもかしこ石淸水いわしみず御座い ませる八幡はちまん大菩薩だいぼさつひろきみまえに、かしこかしこみももうたまはくともうさく、柳營りゅうえい不例ふれいよしきこしめして祈請きせいしたまふ。きゅう灾厄さいやくのぞ快氣かいきせしめて、身體しんたい安穩あんのん運命うんめい延長えんちょう擁護ようごたまへとおもほしめしてなむ。ここて、吉日きちじつ良辰りょうしんえらさだめて、しょうこうごん中納言ちゅうなごん朝臣みなもとのあそん廣通ひろみち使つかはして、禮代いやじろ御幣みてぐらささたしめていだたてまつたまふ。けまくもかしこ大菩薩だいぼさつさまたいらけくやすらけくきこしめして、天皇すめら朝廷みかど寶位ほういうごきなく、常磐ときわ堅磐かきわ夜守よ も日守ひ もりにまもさきはへたまへと、かしこかしこみももうたまはくともうす。

【字句謹解】◯將軍家光 德川とくがわ三代將軍しょうぐんのことで德川家とくがわけ安泰あんたいにした名君である。本詔ほんしょうが下されたのち慶安けいあん四年四月二十日、四十八さいこうじ、日光山にっこうざんほうむつた。この時しょう一位太政大臣おくられたのである ◯天皇が詔旨と 宣長のりなが流にめば、「天皇すめらがおほみことらまと」となるがこの場合はいづれでもよい ◯石淸水に御座せる八幡大菩薩 現今の官幣かんぺい大社たいしゃ男山おとこやま八幡宮はちまんぐうの事。この大社たいしゃ沿革えんかくに就いては『神祇じんぎ佛敎ぶっきょう篇』参照さんしょう源義家みなもとのよしいえ賴朝よりとも以來いらい武家崇重すうちょうしたかみで、朝廷もかつては「我がちょう大祖たいそ」「宗廟そうびょう」とおおせられたことがあるといふ ◯柳營 この場合は德川將軍家のことをいふ ◯不例の由 病氣びょうき重態じゅうたいよし ◯祈請 神にいのる ◯灾厄 病氣びょうきをいふ。さいと同じ ◯快氣 病氣びょうきの全快 ◯運命延長 生命がより長くつづくこと ◯故れ是を以て このゆえにとの意。この文以下は直前に謹述きんじゅつした「疫癘えきれいはらふの宣命せんみょう」(一條天皇正曆五年四月、本朝世紀)とかわらないので、その【字句謹解】の部參照さんしょうのこと。

〔注意〕龜山かめやま天皇以來いらい仁孝にんこう天皇に至るまでの宣命せんみょう列擧れっきょする。

(一)國難こくなん平定へいていいのるの宣命せんみょう伏見天皇正應六年七月、正應六年公卿勅使御參宮次第)

(二)將軍しょうぐん足利あしかが義持よしもち病氣びょうき平癒へいゆ祈禱きとう宣命(稱光天皇應永二十七年九月、石淸水文書)

(三)石清水いわしみず八幡宮はちまんぐう奉幣ほうへい宣命後花園天皇寬正五年六月、石淸水文書)

(四)北野きたの神社じんじゃ奉幣ほうへい宣命後土御門天皇文明七年三月、長興宿禰記)

(五)天台てんだい座主ざ すを任ずるの宣命後柏原天皇永正十五年四月、拾芥記)

(六)大神宮だいじんぐう奉幣ほうへい宣命(同永正十五年十一月、拾芥記)

(七)大神宮だいじんぐう奉幣ほうへい宣命(同永正十六年九月、拾芥記)

(八)卽位そくい宣命(同大永元年三月、拾芥記)

(九)みなもと義澄よしずみ左大臣おくるの宣命(同大永元年八月、拾芥記)

(一〇)織田お だ信長のぶなが太政大臣おくるの宣命正親町天皇天正十年十月、古文書類纂)

(一一)大神宮だいじんぐう遷座ごせんざ奉幣ほうへい宣命後陽成天皇慶長十四年九月、壬生家日記)

(一二)讓位じょうい宣命(同慶長十六年三月、御讓位古今宣命

(一三)卽位そくい宣命後水尾天皇慶長十六年四月、御讓位古今宣命

(一四)讓位じょうい宣命明正天皇寬永二十年十月、寬永記)

(一五)將軍しょうぐん家光いえみつ病氣びょうき平癒へいゆ祈禱きとう宣命(後光明天皇慶安四年三月、石淸水文書)

(一六)石見國いわみのくに高角山たかつのやま柿本かきもと神社じんじゃ神階しんかいさずくるの宣命中御門天皇享保八年二月、好古集說)

(一七)立太子りったいし宣命仁孝天皇天保十一年三月、孝明天皇紀)

【大意謹述】天皇御詞みことばを、申すも恐れ多い石淸水いわしみず鎭座ちんざまします八幡はちまん大菩薩だいぼさつひろ御前みまえに、つつしんでもうし上げる。今囘こんかい將軍家しょうぐんけ病氣びょうき重態じゅうたいよしきこしめされ、ここに大菩薩だいぼさついのたてまつり、一刻も早くこの災難を除き、早く全快せしめ、平常とかわりなく、生命がこの上長く延び保たれるやう加護か ごせられんことをと叡慮えいりょあらせられる。このゆえに最上の星𢌞ほしまわりの日を撰定せんていし、しょうこうごん中納言ちゅうなごんの地位にある朝臣みなもとあそん廣通ひろみち勅使ちょくしとして派遣し、かみ御心みこころなぐさたてまつり目的の御幣ごへいささげ持たせて奉納ほうのうさせることにする。恐れなが大菩薩だいぼさつに於かせられては、以上の理由を平穩へいおんにそのままきこしめされて、皇位こういを永久にへんじない不動の大石たいせきの如く微動だにさせず、日夜共に加護か ごあり幸福こうふくあたへられるやう、つつしんでもうし上げるとおおせられる御詞みことばを、ここつたたてまつる。