33-2 卽位の宣命 淸和天皇(第五十六代)

卽位そくい宣命せんみょう(第二段)(天安二年十一月 三代實錄)

辭別宣、凡人子蒙福麻久欲爲、於夜多米爾止奈母聞行。故是以、朕親母藤原氏皇太夫人上奉治奉。又仕奉人等中、其仕奉狀隨冠位上賜治賜。又太神宮、諸社禰宜祝等給位一階又僧綱諸寺知行有聞、幷天下僧尼年八十已上施物賜。又左右京五畿鰥寡孤獨、不能自存者、及天下給侍人等給御物。又內外官未得解由輩免賜。又天下百姓半傜免給。仁壽元年以往調庸未進在民身者免賜波久止天皇大命、衆聞⻝宣。

【謹譯】ことけてりたまはく、およひとさきわいこうむらまくおもほさることは、おやのためにとなもきこしめす。ここて、親母お や藤原氏ふじわらし皇太夫人お み お やたてまつおさたてまつる。またつかまつひとたちのなかに、つかまつらむさまのまにまに冠位かがふりくらいたまおさたまふ。また太神宮おおみみやはじめて、もろもろやしろ禰宜ね ぎほうりたちにくらいかいたまふ。また僧綱ほうしのつかさはじめて諸寺知行てらでらのちぎょうきこえたる、ならびあめした僧尼あ まとし八十已上いじょう施物ほどこしものたまふ。また左右京さゆうきょう畿內きない鰥寡かんか孤獨こどくみずかぞんするあたはざるものおよあめしたたまはべひとたちに御物みものたまふ。また內外うちそとつかさいま解由げ ゆざるのやからゆるたまふ。またあめしたの百せい半傜はんようゆるたまふ。仁壽にんじゅ元年がんねん以往いおう調庸ちょうよう未進みしんたみにあるものゆるたまはくと天皇すめら大命おおみことを、もろもろきこしめさへとる。

【字句謹解】◯辭別けて 特別に以下を申し上げるとの意 ◯凡そ人の子の福を蒙らまく欲ほさる事は云々 すべて人間が幸福こうふくを得たいと希望する原因は、全く生みの親を安心させるためにほかならないと、おおせられたので、御母おんはは皇太こうたい夫人ふじんとされる順序となつてゐる。人の子とは人間のこと ◯仕へ奉らむ狀のまにまに 奉仕してゐる間の成績におうじて ◯禰宜 男女の神官しんかん ◯僧綱 僧侶そうりょの監督役 ◯施物を賜ふ ほどこし物をたまふこと ◯五畿 山城やましろ河內こうち攝津せっつ和泉いずみ大和やまとの五こく ◯鰥寡孤獨 かんは妻を失つた男、は夫を失つた妻、兩親りょうしんを失つた人、どくたよりになる者がゐない人の意 ◯自ら存する能はざる者 經濟けいざい的に獨立どくりつ出來で きない者 ◯天の下の給ひ侍る人 あてがひ扶持ぶ ちで生活する人々の事 ◯未だ解由を得ざるの輩 未だ解由狀げゆじょうることの出來ない人々。解由狀げゆじょうとは、內外官ないげかんの任期が充ちて、事務引繼ひきつぎの際、新任の人から前任の人に、引渡しのとどこりがなかつたよしを記して渡す文書をいふ。つまり後任者が前任者の事務に就いて、不審があつて解由狀げゆじょうを渡さない場合にも、今囘こんかいだけ前任者を許してやるとおおせられたのであらう ◯半傜 勞役ろうえきの半分 ◯仁壽元年 文德もんとく天皇卽位そくい元年のことで皇紀こうき一五一一年にあたる ◯以往 以前 ◯調庸未進 未だかみに納めてゐない調ちょうよう、土地の產物さんぶつぜいとしたものを納めてないこと ◯民の身にある者 國民こくみん手元てもとにしてゐる者。

【大意謹述】 特別に以下の各じょうおおせられる。すべて人の子として、この世に生れた者が幸福こうふくを得たいと願ふのは、主として自分を生んだ親を喜ばせるためではないかと考へる。ゆえちんを生みたもうた藤原ふじわら明子あきこ皇太こうたい夫人ふじんの地位に進めて尊敬しまゐらせる。又宮中に奉仕する人々は、その成績によつて地位を上げて優遇する。更に伊勢の大神宮だいじんぐうを始め、各地方にある諸社しょしゃの男女の神官しんかんたちに向つては位を一級上げ、僧侶そうりょの監督役及び、諸寺の支配者、八十さい以上に達した男女のそうに物品をほどこされる。ほ左京・右京・山城やましろ河內こうち攝津せっつ和泉いずみ大和やまと諸國しょこくに於ける住民中、夫を失つた者、妻と死別した者、兩親りょうしんに別れた者、たよりになる人がゐないもの、すべ經濟けいざい上の獨立どくりつを保ち得ない人々、及びてがひ扶持ぶちに生きるものたちに種々しゅじゅの物をたまはる。又直接、間接に朝廷に奉仕する人で未だ後任者からの治績ちせきかんして引繼狀ひきつぎじょうを得られない者は、何等なんらかの不都合があつたと見なければならないが、今囘こんかいに限りこれを不問にする。更に國民こくみん一同に向つて、本年度の勞役ろうえきを半減させ、仁壽にんじゅ元年以前の調ちょうようとを未だ納めないで手元に置く者をめんずる。かく種々しゅじゅの特典をおおいだされた天皇御詞おことばを、一同の方々もきこしめすやう告げる。