23 小豆嶋に民を住ましむるの勅 桓武天皇(第五十代)

小豆嶋しょうどじまたみましむるのみことのり(延曆三年十月 續日本紀

備前國兒嶋郡小豆嶋所放官牛、有損民產。宜遷長嶋、其小豆嶋者住民耕作之。

【謹譯】備前びぜんのくに兒嶋郡こじまごおり小豆嶋しょうどじまはなところ官牛かんぎゅうたみさんそんずることあり。よろしく長嶋ながしまうつし、小豆嶋しょうどじま住民じゅうみんをしてこれ耕作こうさくせしむべし。

【字句謹解】◯小豆島 瀨戸せ と內海ないかいにある一小島しょうとうの名、ただ本勅ほんちょく備前びぜん兒島郡こじまぐんとあるが、今日こんにち讃岐さぬき小豆郡しょうどぐん小豆島しょうどじまのこと。〔註一〕參照さんしょう ◯民の產 住民の生業せいぎょう ◯損ずること 破損されること、牛のために田畑でんばたが荒されることを意味する ◯ 土地の意。

〔注意〕小豆島 小豆島しょうどじまは、寒川郡さむかわぐん大串崎おおぐしざき海里かいりのところにあつて、備前びぜん陸岸りくがんからは、少し遠く離れてゐる。面積九方里ほうり星ヶ城山ほしがじょうやまは東方に隆起し、標高八百メエトル、北方及び東方の海岸かいがんには斷崖だんがいそびえ、一種特有の風景を形造つてゐる。その產物さんぶつとして有名なのは、小豆島石しょうどじまいしで、建築材料として用ゐられる。『地學ちがく雜志ざっし』に「一年產額さんがく四十二三萬才まんさいくだらず。一さい山元やまもと代價だいか平均十せんと見積るも、その代價だいかまん二三千えんに達し、小豆郡しょうどぐん大產物だいさんぶつなり。天正てんしょう十一年、豐太閤ほうたいこうの築かれし大阪城の巨石も、みな土庄とのしょうあざなげんよりきりせりといふ。すなわ花崗石みかげいしなり。云々」とある。

【大意謹述】備前びぜんのくに兒島郡こじまぐんぞくする小豆島しょうどじまに放牧してある御料ごりょうの牛が、同島住民の生業せいぎょうを妨害し、破損させることがあるとか聞いた。ゆえ早速さっそく牛を長島ながしまに移し、小豆島しょうどじまの住民には土地をせい出して耕作させなければならない。