17-3 君臣の大義に就て諭し給へる宣命 稱德天皇(第四十八代)

君臣くんしん大義たいぎつい諭さとたまへる宣命せんみょう(第三段)(神護景雲三年十月 續日本紀

夫君、願求得事甚難云言乎波皆知止毛、先謀乎遲奈。我都與必得天牟止、種種願禱止毛、猶諸聖天神地祇御靈不免給不授給物、自然申顯、己天毛、變滅災、終。因茲天地恨、君臣乎毛、猶心、天地憎多麻波受、君捨不給之天、福蒙身家牟、生天方官位昌、死弖波善名遠世流傳天牟。是故、先賢人云、體利奴禮止、名。又云、過天方必改、能天方莫忘止伊布。然物之止、心乎波、天不覆地不載。此伊波、捨伊波。猶朕讀誦最勝王經王法正論品、若造善惡業、今於現在中、諸天共護持、示其善惡報、國人造惡業王者不禁制、此非順正理、治擯當如法在。是汝等敎導、今世爾方世間榮福、忠淨名、後世爾方人天勝樂、終所念天奈毛、諸是事敎給布止御命、衆諸聞⻝宣。

復詔、此賜多麻波利弖、汝等等等能、朕敎事不違之天止奈毛、此帶八久止御命、衆聞⻝宣。

【謹譯】

それきみくらいは、ねがもとむるをもちてることはいとかたしといふことをばみなりてあれども、さきひとはかりごとをぢなし。われはよくつよくはかりてかならてむとおもひて種種くさぐさねがいのれども、なお諸聖しょしょうあまかみくにかみ御靈みたまゆるたまはずさずたまはぬものにあれば、自然おのずからひともうあらはし、おのくちをもちてもひつ、かへりみてほろぼし、わざわいかがふりて、ついつみおのれひとおなじくいたしつ。れにりて天地あめつちうら君臣きみおみをもうらみぬ、なほこころあらためてなおきよくあらば、天地あめつち憎にくみたまはずきみてたまはずして、さきわいかがふやすらけむ、きては官位つかさくらいたまはりさかえ、にてはとおながさひてむ。このゆえさきかしこひとひてあらく、はいともつちうずもりぬれど、けむりともあめのぼるとへり。またはく、あやまちりてはかならあらためよ、きをてはわするなといふ。しかるものをくちわれきよしとひてこころきたなきをば、あめおおはずつちせぬものとなりぬ。たもついはほまれいたし、つるいはそしりをまねきつ。なおとうとおろが讀誦どくずしまつる最勝王經さいそうおうきょう王法正論品おうぽうしょうろんぼんたまはく、善惡ぜんなくごうつくらば、いま現在げんざいうちきて諸天しょてんとも護持ご じしてその善惡ぜんなくほうしめさむ。國人くにたみ惡業あくごうつくらむにみこすてて禁制きんせいせざるは、これ順正じゅんしょうにあらず、治擯じひんまさのりごとくすべしとりたまひてあり。ここいましたちをおしみちびく、このには世間せけん榮福えいふくかがふただしくきよあらはし、のちには人天にんでん勝樂しょうらくけてついほとけれとおもほしてなも、もろもろにこのことをおしへたまふとりたまふ御命おおみことを、もろもろきこしめさへとる。

またりたまはく、たまおびをたまはりていましたちのこころをととのへなおし、敎事おしえごとたがはずしてつかおさめむしるしとなも、おびたまはくとりたまふ御命おおみことを、もろもろきこしめさへとる。

【字句謹解】◯先の人 皇位こういを得ようとはかつた人 ◯をぢなし 巧妙ではない ◯種種に願ひ禱れども あらゆる手段で、目的を達するために神佛しんぶついのるがとの意 ◯諸聖 ここでは佛敎ぶっきょう關係かんけいの方面を指されたもの ◯己が口をもちても云ひつ ことばのはしに思はず言ひ出すこと ◯かへりて 目的と反對はんたいにの意 ◯ 誘はれて同心した人 ◯天地を恨み 天地の諸神しょじんの無情を、さかうらみすること ◯君臣をも怨みぬ きみ天皇しんは罪をし刑を行ふしんのこと ◯なほ 最初から ◯生きては 生前にはの意 ◯死にては 死後にはの意 ◯遠き世に流さひてむ 遠く後世につたへるであらう ◯先の賢き人 昔の賢人けんじ ◯體は灰と共に云々 肉體にくたいは火葬場の灰と共に地に埋まつて跡を留めないが、生前に忠義を致した人の名譽めいよは、火葬場の煙と一緒に天に昇り、永久に人々からけいせられるとの意。この言句げんく出所しゅっしょ不明 ◯過を知りては云々 これは千文中もんちゅう發見はっけん出來で きる ◯天の覆はず地の載せぬ 天地も保護されたまはない意、天は我々の頂上をおおうて保護し、地は我々の足下そっかに安全を保つてゐるから、汚心おしんある人はこの天地からの保護を失ふことになる ◯此を持つい これは「なおきよくあらば」を受ける。いは助詞で意味はない。正直で私心ししんのない人はの意 ◯稱は致し 生前死後の名譽めいよる ◯捨つるい これを捨ててかえりみない者はの意 ◯謗り 天地の非難のこと ◯最勝王經 金光明こんこうみょう最勝王經さいしょうおうきょうのこと。金光明經こんこうみょうきょう新譯しんやくで三ぞうやく、十かん三十一ぽんある ◯王法正論品 最勝王經さいしょうおうきょうの第二十ぽんである ◯善惡の業 現世に於いて善惡ぜんなくほうを引きおこす過去の行爲こうい ◯禁制 禁止する命令 ◯順正の理 正當せいとうの意 ◯治擯 罪をらすこと ◯この世 現世のこと ◯世間の榮福 世間は出世間しゅっせけんたいするもので世の中のこと、榮福えいふくは一もんまでの幸福こうふく ◯人天の勝樂 天上てんじょうに住む人としての最大幸福こうふく ◯賜ふ あたへる ◯たまはる 受ける。

【大意謹述】一たい天皇寶位ほういは勝手な人が如何い か切實せつじつにそれを希望しようとも、又どんな手段をつくしてもることが不可能だと全部の人が知つてはゐようとも、中には「以前に皇位こういを得ようとはかつた人は方法が下手だつた。自分は上手に出來で きるから必ず得られよう」などとほしいままに考へ、出來る限りの手段で神佛しんぶつに願つたりいのつたりする者もあると聞く。左樣そ うしたところで諸佛しょぶつや天地の神々かみがみ御靈みたまは決してそのむねを聞き届けられず、目的を遂げることは絕對ぜったいにないのであるから、長い間には自然と人々も噂をしたり、不注意に自分の野心を言葉のはしに自分から漏らしたりなどして、目的とは正反對せいはんたい皇位るどころか、結局は身をほろぼわざわいを受けて、自分のみか誘つた人までをも同じ罪狀ざいじょうに導くのが例である。この人々はそんな結果になれば、必ず天地の神々かみがみうらみ、天皇や裁判にあたしんなどをうらむものだが、勿論もちろんこれは意味をなすものではない。し初めの間に心を改めて正直に、わたくしの心がなければ、天地の諸神しょしん憎にくまれることなく、きみもその人をかえりたまはない筈がなく、前途の幸福こうふく保證ほしょうされ、現在を安堵あんどに暮すことが出來、生前には官位かんいさずけられて一門が繁昌はんじょうし、死後には名譽めいよが遠く後世にまでつたへられるであらう。このゆえに昔の賢人けんじは、「忠義に厚い人は、肉體にくたいは火葬場の灰と一緒に地の一部分となるが、名譽めいよはそこから昇る煙と共に天に昇り、永く人々から尊敬される」ともひ、「又自己の過失を自覺じかくしたならば、必ずただちに改めなければいけない。名譽めいよを得たならば、決してそれを忘れてはならない」と言はれたのである。

 それにもかかわらず、たんに口きだけで自分に私心ししんはないと言つても、心中にけがらはしい部分があれば、天地の冥助めいじょからはづれ、天はその人をおおはず、地はその人をせないやうになる。正直で私心なければ名譽めいよ、その反對はんたいの時は天地から見捨てられる。同じ理由がちんの最も敬讀けいどくする最勝王經さいしょうおうきょうの第二十ぽん王法おうぽう正論品しょうろんぼんはせられてある。「し過去に於いて善惡ぜんなく行爲こういがあれば、現世には各種の天が必ず善には善の、あくにはあくむくいを示すであらう。國民こくみん惡行爲あくこういあるのに、國王こくおうが少しも意にかいせず、禁止の命令をも出さないとすれば、決して正しい態度ではない。必ず國法こくほうしたがつて罪をこらさなければならない」としるせられてゐる。このゆえに、ちんはここに汝等なんじら敎導きょうどうして、現世に於いては世の中の幸福こうふくを一もんに至るまで受けて、正直な、私心のないおこなひによつて名譽めいよを維持し、來世らいせには天上てんじょうに生れる最大幸福こうふくを得て、ついにはほとけと成るやうに望むのである。右、天皇おおせを諸臣しょしんに告げ知らせたいとおおせられるので、一同の方々もきこしめされるやうにもうし上げる。

 更に天皇おおせられる。今汝等なんじらあたへるこのおびを受けて、汝等なんじらの心を立て直し、朕の敎戒きょうかいたがふことなく今後出精しゅっせいする證據しょうことして、このおびを一同にあたへるとおおせられる御詞おことばを、一同の方々もきこしめされるやうもうし上げる。