17-2 君臣の大義に就て諭し給へる宣命 稱德天皇(第四十八代)

君臣くんしん大義たいぎつい諭さとたまへる宣命せんみょう(第二段)(神護景雲三年十月 續日本紀

復詔、掛御門帝皇御命以之久、朕奉侍諸臣等、朕、大皇后能奉侍。朕、異念、繼天方朕子太子、明二心無之天奉侍。朕子二利止云言無、唯太子一人乃味曾在。此心知諸護助奉侍。然、朕御身都可良之久於保麻之麻須、太子日嗣高御座天方麻都流止、朕之久、天下政事。復上三寶御法之米、出家道人麻都利、次諸天神地祇祭禮不絕、下天下諸人民愍給。復勅之久、此帝云物、天授不給天方己止毛不得、又變奴流。朕在人止毛、汝不能知、目天牟乎波、改乃麻爾麻爾世與止。復勅之久、朕東人授刀之牟留、汝近護止之天護近與止天奈毛在。是東人、常、額爾方止毛不立、君一心護物。此心知汝都可幣止比之御命不忘、此狀悟、諸東國人等謹之麻利奉侍。然、掛二所天皇御命受賜、晝念持止毛、由無之弖云聞之牟留事不得猶。此、諸令聞止奈毛都留。故是以、今朕汝等敎給御命、衆聞⻝宣。

【謹譯】またりたまはく、けまくもかしこあめ御門みかど帝皇すめら御命おおみこともちてりたまひしく、あれつかへまつらむもろもろのおみたち、あれきみおもはむもの大皇后おおきさきつかたてまつれ。あれおもひてあるがごとく、ことになおもひそ、ぎては太子ひつぎのみこあきらかにきよ二心ふたごころなくしてつかまつれ。二人ふたりといふことはなし、ただ太子ひつぎのみこ一人ひとりのみぞはある。こころりてもろもろまもたすつかへまつれ。さて、御身お みつからしくおほましますによりて、太子ひつぎのみこ天日嗣あまつひつぎ高御座たかみくらぎてはさずけまつるとたまひて、あれりたまひしく、あめした政事まつりごとめぐみをもちておさめよ。またかみつかたは三寶ほとけ御法みのりさかえしめ出家いえでせる道人ひ とおさめまつり、つぎはもろもろのあまかみくにかみ祭禮まつりたず、しもつかたはあめした諸人民おおみたからあわれたまへ。またりたまひしく、みかどくらいものあまさずけたまはぬひとさずけてはたもつこともず、またかへりてほろびぬるものぞ。ててあるひとといふとも、いましこころからずとてむひとをば、へててむことはこころのまにまにせよとりたまひき。またりたまひしく、東人あずまびとたちさずけてさもらはしむることは、いましちかまもりとしてまもらしめよとおもひてなもある。この東人あずまびとつねはく、ひたいにはつともたじとひて、きみを一つこころをもちてまもるものぞ。このこころりていましつかへとりたまひし御命おおみことわすれず、かくのさまさとりてもろもろの東國あずまくにひとどもつつしまりつかへまつれ。さて、けまくもかしこ二所ふたところ天皇すめら御命おおみことあれいただきけたまはりて、ひるよるおもほしもちてあれども、よしなくしてひとかしむることずなほありき。これによりてもろもろのひとかしめむとなもしつる。ここて、いま汝等いましたちおしたまはむ御命おおみことを、もろもろきこしめさへとりたまふ。

【字句謹解】◯朕が天の御門帝皇 聖武しょうむ天皇御事おんこと ◯朕を君と念はむ人 ちんを主君とあおいで奉仕する者、ちんとはこの場合聖武しょうむ天皇のこと ◯大皇后 光明こうみょう皇后こうごう御事おんこと ◯異にな思ひそ ちんと同等に思ひたてまつれとの意 ◯朕が子太子 孝謙こうけん天皇御事おんこと ◯二心なくして 異心いしんを持たないでただ一筋にの意 ◯つからしく 御病氣ごびょうき御模樣おんもようがあること ◯朕に勅りたまひしく 以上は臣下しんかおおせられたみことのりで、この文以下が孝謙こうけん天皇へのみことのりとなる ◯慈み 仁愛じんあいの意。天子が國民こくみんに同情さるること ◯三寶 本來ほんらい佛法僧ぶっぽうそうの意であるが、この場合は佛敎ぶっきょうのこと ◯天の授けたまはぬ人 天命を得ぬ人、すなわ天照大御神あまてらすおおみかみ御意ぎょいを得ない人の意である ◯朕が立ててある人 道祖王ふなどのみこをさしておおせられた。このみこは皇太子の地位をはいせられたことを『神祇じんぎ佛敎ぶっきょう篇』でいた ◯心に能からずと知り 心中に不適當ふてきとうだと考へ ◯目に見てむ人 目にからずと見てむ人の意で、平常へいぜいの態度などが皇太子として似つかはしくない人のこと ◯東人 東國とうごくの人、勇敢な東國人とうごくじん御身おんみ護衞ごえいさせられたのである ◯刀を授けて 所謂いわゆる授刀じゅとう舍人とねりのこと ◯額には箭は立つとも背は箭は立たじ 常に御前みまえに立つて敵とたいするから、敵の矢を顏面がんめんに受けることはあつても、敗北して逃げる時にその矢を背に受けるやうなことは決してないとの意。進むを知つて退くを知らないことで、勇敢で忠義ちゅうぎに厚い氣持きもちを表現したのである ◯一つ心 忠義ちゅうぎほかは何もかえりみない心 ◯汝つかへ なんじは使用せよ ◯二所の天皇 元正げんしょう天皇聖武しょうむ天皇との御事おんこと ◯念ほしもちて 常に心から去らせたことがないこと ◯由なくして 適當てきとうな時がなくて ◯なほありき だまつてゐた。

【大意謹述】又、天皇は次のやうにもおおせられた。恐れ多くもちんが父君にあたられる聖武しょうむ天皇に於かせられては、かつ群臣ぐんしん及び朕にみことのりせられたことがあつた。「ちんに奉仕する諸臣しょしんで、心から朕を天皇として尊敬する者は、朕の皇后(光明皇后)にも忠誠ちゅうせいつくさなければならず、朕と同等につかへるがよい。次には朕の子の太子ひつぎのみこ孝謙天皇)にたいして忠義ちゅうぎに深く、私心ししんなく、異心いしんを持たないで奉仕しなければいけない。朕の子に二人はない。太子ひつぎのみこ一人のみが、朕の子である。この朕の氣持きもちを了解して、群臣ぐんしん一同は協力して、太子ひつぎのみこ輔佐ほ さするがよい。さて朕は現在病氣びょうき模樣もようがあるので、この際に太子ひつぎのみこ萬世ばんせいけい皇位こうい繼承けいしょうさせることにする」と諸臣しょしんおおせられ、朕に向はれては「天下の政治は國民こくみんに同情心を持つのを中心とするのが第一である。そのほかづ最初に佛法ぶっぽうを盛大にして出家しゅっけして道を修める者たちを優遇し、次には一切の天神てんじん地祇ち ぎ禮祭らいさいやすことなく、最後にはすべて天下の人民に仁政じんせいほどこす順序を忘れてはいけない」とおおせられ、更に「今朕がなんじさずける天皇の地位は、その性質上、天照大御神あまてらすおおみかみ御意ぎょいを得た人に限つて永續えいぞく出來で きるので、しそれを得ない人に授けたとても、決して最後まで保ちるものではない。それのみでなく、この種の人は、結局、自身をも滅ぼすやうにならう。朕がなんじの皇太子として立ててある人(道祖王)であつても、汝が心中に不適當ふてきとうと考へ、平常へいぜいの態度などに目にあまることがあつたならば、遠慮なく別人と改めて少しも差支さしつかえない」と敎戒きょうかいせられた。

 又、聖武しょうむ天皇は更に朕に向ひ、「朕が東國とうごくの人々にとうさずけて奉仕させるのは、なんじの近くに置いて、將來しょうらい汝の護衞ごえいとして責任をはたさせるためである。この東國とうごくの人々は、常々、面上めんじょうに敵の矢は受けても、決して背面に受けることはないと斷言だんげんし、忠義ちゅうぎきみを守護する勇敢な者共ものどもである。この意味を理解して、なんじはその人々を使用せよ」ともおおせられた。東國とうごくからの護衞兵ごえいへいはこれをよく理解して、つつしんで朕に奉仕しなければいけない。

 以上、恐れ多くも元正げんしょう天皇聖武しょうむ天皇の二せい御詞おことばを、朕は十分に敬意を表してはいし、晝夜ちゅうや頭を去つたことはなかつたが、適當てきとう機會きかいがなくて、人々に告げ聞かせることも出來ず、今日こんにちまで沈默ちんもくしてゐたのである。今こそこれを告げる時だと、諸臣しょしんをここにしておおせられた。ゆえに朕は二せい御詞おことばを達し、諸臣に敎戒きょうかいする。以上おおせられる大命おおみことを、一同の方々もきこしめされるやうもうし上げる。