17-1 君臣の大義に就て諭し給へる宣命 稱德天皇(第四十八代)

君臣くんしん大義たいぎつい諭さとたまへる宣命せんみょう(第一段)(神護景雲三年十月 續日本紀

天皇御命良麻止、掛麻久毛新城大宮天下治給天皇、臣等御命之天、汝等都留、朝廷奉侍良牟狀敎詔牟止曾都留。於太比諸聞⻝。貞、朕子天皇奉侍護助麻都禮。繼天方是太子助奉侍。朕敎給御命不順之天、王等麻之伎寶位望求、人伊射奈、惡穢心、逆在謀起、臣等比伎婢企、是託彼都留、頑無禮、横構。如是在人等乎波、朕必天翔給見行、退給捨給岐良。天地不蒙。是狀知奉侍乎波、慈給愍給治給、復天、永世門不絕奉侍。許己知麻利淨心奉侍將命止奈毛都流、勅於保世給御命、衆諸聞⻝詔。

【謹譯】天皇すめら御命おおみことらまとりたまはく、けまくもかしこ新城にいき大宮おおみやあめしたおさたまひしなか天皇みことの、おみたちをしてのち御命おおみことりたまひして、汝等いましらしつること朝廷みかどつかへまつらむさまおしへたまはむとぞしつる。おだひにはべりてもろもろきこしめせ。ただしくあきらかにきよこころをもちて、天皇おおぎみつかへまつりまもたすけまつれ。ぎてはこの太子ひつぎのみこたすつかへまつれ。おしへたまふ御命おおみことならはずして、おおきみたちはおのがうまじきみかどとうと寶位みくらいのぞみもとめ、ひとをいざなひしくきたなこころをもちて、さかしまにあるはかりごとをたて、おみたちはおのがひきひきこれにつきかれによりつるかたくないやなきこころおもひて、よこしまのはかりごとかまへ、かくあらむひとどもをばあれかなら天翔あまかけりたまひてみそなはし、退しりぞたまたまひきらひたまはむものぞ。天地あめつちさちかがふらじ。かくのさまりてあからかにきよこころをもちてつかへまつらむひとをば、めぐみたまひあわれみたまひておさめたまはむものぞ、またあめさちかがふながかどえずつかへまつりさかえむ。ここりてつつしまりきよこころをもちてつかへまつれとりたまはむとなもしつるとりたまひおおせたまふ御命おおみことを、もろもろきこしめさへとる。

【字句謹解】◯新城の大宮 新城にいきは今、大和國やまとのくに添上郡そえかみぐんの地名で、これ元正げんしょう天皇を申し上げるのだから、意味が通ぜず、平城な らの方が正しいと宣長のりながはいつてゐる ◯中つ天皇 元正げんしょう天皇御事おんこと ◯後の御命 御遺詔ごいしょうの義 ◯おだひに侍りて おだやかにならんで ◯朕が子天皇 聖武しょうむ天皇御事おんこと ◯繼ぎては 次にはの意 ◯この太子 孝謙こうけん天皇御事おんこと ◯己がうまじき帝の尊き寶位 自分等が得ようとしても得ることが出來ない尊い皇位こうい ◯さかしまにある謀 しんとして皇位こういをねらふから、さかしまとおおせられた ◯己がひきひき 自分の好むままに ◯これにつきかれによりつつ る人に味方をしたり、又はの方面に心を通はせたりしての意。この時代に皇位こうい繼承けいしょうに就いて、種々しゅじゅの問題があつたことは『神祇じんぎ佛敎ぶっきょう篇』『軍事外交篇』参照さんしょう。なほ本詔ほんしょうの〔注意〕參考さんこうのこと ◯頑に 頑固な義 ◯禮なき心 君臣くんしん大義たいぎを知らない心 ◯横しまの謀 さきに「さかしまにあるはかりごと」とあるのと同意 ◯かくあらむ人ども これは「おおきみたちは」から「よこしまのはかりごとかまへ」までを受ける。このやうな人々 ◯天翔りたまひて見そなはし 空の上から御覽ごらんあそばしての意。御遺詔ごいしょうであるから崩後ほうごのことについてかくおおせられたのである ◯天地の福 天地のあたへる幸福こうふく ◯治めたまはむ 善惡ぜんあくかんせず何分なにぶん沙汰さ たをすることで、この場合は忠義ちゅうぎに厚い人々にたいしてくらいのぼせられる意 ◯永き世に門絕えず 永久に家門かもんえることなく ◯ここ知りて これを了解して ◯召つる この部分までが元正げんしょう天皇御遺詔ごいしょうである。

〔注意〕本詔ほんしょうは『日本紀しょくにほんぎ』には神護じんご景雲けいうん二年十月朔日ついたちみことのりとある。その內容は、天平てんぴょう神護じんご元年に和氣王わけおうちゅう粟田あわた道麻呂みちまろ等をしりぞけられた時のものであるから、修史者しゅうししゃが年代をあやまつてこの部分に挿入したのであらうとせつが一般にとなへられてゐる。

【大意謹述】天皇おおせを確かに告げたてまつる。申すも恐れ多くはあるが新城にいき(平城の誤)の大宮おおみやにましまして天下を統治あそばされた元正げんしょう天皇諸臣しょしんされ、次のやうに御遺詔ごいしょう發表はっぴょうせられた。「汝等なんじら今囘こんかいここにしたのは、朝廷に奉仕するに就いての心の持ち方をおしへたいと考へたからである。おだやかにならんで一同がそれを聞いてほしい。ちん崩後ほうごは、正直に、忠義ちゅうぎの心厚く、わたくしない氣持きもちで朕の子の天皇聖武天皇)に奉仕し、萬事ばんじ輔佐ほ さしなければならない。次にはこの太子たいし孝謙天皇)を助けてつかへなければいけない。朕が今命じたおしえならはないで、諸王しょおうたちがとうと皇位こういを希望して、の人々を誘ひ、奸惡かんあくけがらはしい心でしんとしてあるまじき謀計はかりごとしたり、諸臣しょしんたちが自己の好みにまかせて、勝手に一方にしたがひ、他方に援助して、頑固に振舞ふるまひ、君臣くんしん大義たいぎわすれて皇位こういをねらふ手助けなどする者があれば、その時こそ朕は空の上から細大さいだいのこらずその惡計あっけいを見て、惡心あくしんいだく人々を朝廷から退しりぞけ捨てるであらう。かうした者共ものどもは天地のあたへる幸福こうふくも得られないに相違そういない。この反對はんたいに、以上朕の意をよく了解し、忠義に厚く、わたくしのない心で奉仕する者は、必ず同情し、恩惠おんけいれ地位をのぼせるであらう。この者共ものどもは更に天のあたへる幸福こうふくも受け、永久に家門かもんえず、繁昌はんじょうするに相違そういない。今申し述べた意をよく知り、この上ともに緊張し、わたくしのない心で朝廷に奉仕するやうにさせるためにここに一同をしたのである。」と。この元正げんしょう天皇おおせを一同の者も拜承はいしょうせよとおおせられる天皇孝謙・稱德天皇)のおおせをここに告げる次第である。