16-1 再び群臣に下し給へる宣命 稱德天皇(第四十八代)

ふたた群臣ぐんしんくだたまへる宣命せんみょう(第一段)(天平神護元年三月 續日本紀

天下政、己比岐比岐、太子須流仁方不在。然此位、天地置賜授賜在。故是以朕天地授賜人奈牟止在。猶今、人仁毛伊佐奈方禮須、人乎毛止毛奈方須之天、於乃奉仕己止乎、諸聞⻝倍止詔。

【謹譯】あめしたまつりごときみみことのりにあるを、おのこころのひきひき太子ひつぎのみこてむとおもひてりするものにはあらず。さて、くらい天地あめつちきたまひさずけたまふくらいにあり。かれここあれ天地あめつちあきらけきしきしるしさずけたまふひとでなむとおもひてあり。猶今なおいまあきらかにきよこころをもちて、ひとにもいざなはれず、ひとをもともなはずして、おのもおのもさだかにきよこころをもちてつかへまつれとりたまふことを、もろもろきこしめさへとる。

【字句謹解】◯君の勅にあるを 天皇御意ぎょいのままで、の人々は一切口出しが出來で きないのにもかかわらずの意 ◯此の位 皇太子の地位 ◯天地の置きたまひ 天地の神々かみがみ御意ぎょいで決定すること ◯天地の明らけき奇しき徵 疑ふべからざる不思議な祥瑞しょうずいあらはして天地がさずたまふ意 ◯人にもいざなはれず からの相談に迷はされることなく ◯人をもともなはず いざなひよすることなく ◯おのもおのも 各人が全部。

〔注意〕本詔ほんしょう天平てんぴょう神護じんご元年三月五日のみことのりで、內容は前詔ぜんしょうほとんど同じである。『日本紀しょくにほんぎまきの二十六にあり、本詔ほんしょうの直前には漢文かんぶん詔勅しょうちょくはいされる。

【大意謹述】天下の政治は天皇みことのりで決定するので、各人が自己のの向いた皇太子を立てようと欲しても出來るものではない。さて、この皇太子の地位は人力じんりょくで決するのは不可能で、天地の神々かみがみが一定の人物を指名するのである。ゆえちんも、疑ふべからざる不可思議な祥瑞しょうずいあらはして天地がさずけられる人が必ず出ることと信じてゐる。それまでは當分とうぶんの間、忠義ちゅうぎに厚くわたくしのない心で人からいぞなはれることもいぞなふこともなく、各自が正直に忠義に厚くわたくしのない心で奉仕するやうにとおおせられる御詞みことばを、一同の方々もきこしめされるやうに申し上げる。