14 讓位の宣命 孝謙天皇(第四十六代)

讓位じょうい宣命せんみょう天平寶字二年八月 續日本紀

現神御宇天皇詔旨良麻止詔勅親王諸王諸臣百官人等、衆聞⻝宣。

高天原神積坐皇親神魯弃神魯美命、吾孫知⻝國天下事依奉、遠皇祖御世始天皇御世御世聞看來⻝國天日嗣高御座止奈母、隨神所念行久止天皇勅、衆聞⻝宣。

加久聞看來天日嗣高御座、天坐神地坐神相宇豆奈奉、相扶奉事弖之、此座平安御坐、天下者所知物良自止奈母、隨神所念行。然皇、天下政聞看事者、勞家利。年長日多此座坐、荷重力弱之弖、不堪負荷。加以、掛畏朕婆婆皇太后爾母、人子之理不得定省、朕情日夜不安。是以此位避、間弖之、如理婆婆爾波仕奉倍自止所念行弖奈母、日嗣定賜弊流皇太子授賜久止天皇御命、衆聞⻝宣。

【謹譯】あきみかみあめしたろしめす天皇すめら詔旨おおみことらまとりたまふおおみことを、親王み こたち、諸王おおきみたち、諸臣おみたち百官もものつかさひとたち、もろもろきこしめさへとる。

高天原たかまのはらかんまります皇親すめむつ神魯弃かんろぎ神魯美かんろみみことの、みまらさむ⻝國おすくにあめしたことさしまつりのまにまに、遠皇祖とおすめろぎ御世み よはじめて、天皇すめら御世み よ御世み よきこしめしくる⻝國おすくに天日嗣あまつひつぎ高御座たかみくらわざとなもかんながらおもほしめさくとりたまふ天皇すめらおおみことを、もろもろきこしめさへとる。

かくきこしめしくる天日嗣あまつひつぎ高御座たかみくらわざは、あめかみかみあいうづなひまつりあいたすけまつることによりてし、くらいにはたいらけくやすけくおはしまして、あめしたろしめすものにあるらしとなも、かんながらおもほしめす。さてすめらしてあめしたまつりごときこしめすこといとわしきいかしきことにありけり。年長としながおおくらいにませば、おもちからよわくしてもちあへたまはず。しかのみにあらず、けまくもかしこはは太后おおみおやみかどにも、ひとことわりにえつかへまつらねば、こころ日夜よるひるやすからず。ここをもて、くらいりていとまひとにありてし、ことわりのごとははにはつかへまつるべしとおもほしめてなも、日嗣ひつぎさだめたまへる皇太子すめらみこさずけたまはくとりたまふ天皇すめら御命おおみことを、もろもろきこしめさへとる。

【字句謹解】◯現つ神 現在するかみの意で天皇を申したてまつる。なほこの下文かもんはこの種の宣命せんみょうの一般樣式ようしきで、下文かもん「かくきこしめしくる」から本詔ほんしょうかんし「さてすめらして」以下から御讓位ごじょうい本文ほんもんとなるのである ◯皇親 天皇御先祖ごせんぞを親しみたてまつつていはれたもの ◯神魯弃・神魯美の命 高皇產靈神たかみむすびのかみ神皇產靈神かみむすびのかみの事 ◯うづなひ 承諾すること ◯此の座 天日嗣あまつひつぎ高御座たかみくらのことで、すなわ皇位こういの義 ◯皇と坐して 天皇として ◯勞しき 不便ふびんなことから、心身の過勞かろうを意味することに轉化てんかした ◯荷重く 責任が重く ◯もちあへたまはず つづけることは出來で きない ◯朕が母皇太后 光明こうみょう皇后こうごう御事おんこと ◯人の子の理 人の子として當然とうぜんの義務である父母に孝養こうようをつくすこと ◯間の人 御讓位ごじょうい後、時間に餘裕よゆうある人 ◯日嗣と定めたまへる皇太子 淳仁じゅんにん天皇御事おんこと

〔注意〕御讓位ごじょういかんした詔勅しょうちょくとして、この時代に於いては、本詔ほんしょうを除き

(一)讓位じょういみことのり元明天皇靈龜元年九月、續日本紀

(二)讓位の宣命せんみょう聖武天皇天平勝寶元年七月、續日本紀

(三)讓位の宣命光仁天皇天應元年四月、續日本紀

(四)讓位の宣命平城天皇大同四年四月、日本後紀

(五)讓位の宣命淳和天皇天長十年二月、續日本紀

などがある。

【大意謹述】現御神あきつみかみとして天下を統治される天皇おおせられる御詞みことばを一同の方々もきこしめされるやう申し上げる。

 わが日本は高天原たかまのはらに居られる我が皇室の御先祖ごせんぞ高皇產靈神たかみむすびのかみ神皇產靈神かみむすびのかみが御自分の御血統の支配あられる天下だと仰せられてまかされた地である。おおせのままに、遠い御祖みおや天皇がた始め、諸天皇が代々支配あられたこの萬世ばんせいけい皇位こういであり、天業てんぎょうである。かく仰せらるる現世神あきつみかみ天皇御詞みことばを、一同の方々が拜承はいしょうされるやう申し上げる。

 のやうに繼承けいしょうされた萬世ばんせいけい皇位こういは、天地あめつち諸神しょじんが快く協力されることにつて始めて何の不安もなく皇位こういし、天下を統治出來ると天皇思召おぼしめされる。さて、天皇の地位に居て國政こくせいおこなふことは、はなはだ心身をろうする重大な職であり責任である。ちんは長い年月としつきこの位にゐたので、責任は重くこれ處理しょりする力は弱い。その上國政こくせいを支配することは不可能である。それのみではなく、恐れ多くも朕の御生母ごせいぼあたられる光明こうみょう皇后こうごうたいたてまつつても朕がこの地位にあるうちは、人の子として當然とうぜんつくすべき義務孝養こうようを致すことが出來ない。それらを考へると朕の心は晝夜ちゅうややすんじないのである。以上の理由から、今囘こんかい皇位こういを退いて暇な時間を持つ地位にをり、人の道のままに御生母につかたてまつりたいと考へる。よって皇太子に皇位こういゆずる次第である。かくおおせられる御詞みことばを、一同の方々もきこしめされるやうここもうし上げる。