10 皇太子五節を舞ひ給ひし時太上天皇に奏し給へる宣命 聖武天皇(第四十五代)

皇太子こうたいし五節ごせちたまひしとき太上だじょう天皇てんのうそうたまへる宣命せんみょう天平十五年五月 續日本紀

天皇大命西、奏賜、掛飛鳥淨御原宮大八洲所知天皇命、天下治賜平賜比弖所思坐、上下和氣、无動加爾令有爾波、禮弖志、平可有、隨神所思坐、此始賜造賜比伎等聞⻝、與天地共絕事無、彌繼受賜波利等之弖、皇太子斯王頂令荷、我皇天皇大前貢事奏。

【謹譯】天皇すめら大命おおみことせ、もうしたまはく、けまくもかしこ飛鳥あすか淨御原きよみはらみや大八洲おおやしまぐにろしめししひじり天皇すめらみことあめしたおさめたまひたいらげたまひておもほしまさく、上下かみしもととのやわらげてうごきなくしずかにあらしむるには、れいがくと二つならべてしたいらけくながくあるべしとかんながらもおもほしまして、まいはじめたまひつくたまひきときこしめして、天地あめつちともゆることなく彌繼いやつぎけたまはりかむものとして、皇太子ひつぎのみここのみこならはしいただきもたしめて、おおぎみ天皇すめらみこと大前おおまえたてまつることをもうす。

【字句謹解】◯皇太子 ここでは阿倍內親王あべのないしんのうのことで、後の孝謙こうけん天皇の事 ◯五節 ごせち、五節舞せちのまいのこと、大甞會だいじょうえの時に行はれる童女どうじょまいをいふ。〔註一〕參照さんしょう ◯太上天皇 元正げんしょう天皇御事おんこと ◯飛鳥淨御原の宮に大八洲知ろしめしし聖の天皇 天武てんむ天皇御事おんこと ◯上下を齊へ 社會しゃかいの上下をすべて整頓する ◯ 上下の別を中心とした一般の作法の意 ◯ 音樂おんがくのこと、聖人せいじんが天下を治める手段として禮樂れいがくを重んじたことは、支那し な古典に多く發見はっけん出來で きる。〔註二〕參照 ◯此の舞を始めたまひ造り給ひき 天武てんむ天皇が五節舞せちのまいを始められたことをいふ。〔註三〕參照 ◯彌繼に受けたまはり 永久につづいてやさしめないこと ◯頂きもたしめて 習ひ取りもたせる意 ◯我が皇天皇 元正げんしょう天皇御事おんこと ◯貢る 御前ごぜんはせて御覽ごらんに入れること。

〔註一〕五節 本詔ほんしょうに於いては五月五日にはれた事であるが、一般には每年まいねん十一月なかうしの日に行ひ、うるうあたればかみうしの日となり、延喜式えんぎしきにはしもうしの日に行ふと記してある。童女どうじょ上卿しょうけい諸國司しょこくし公卿くぎょうとうの女子ある者に命じてめさせられた。五せちの名は『左傳さでん昭公しょうこう元年のくだりから由來ゆらいしてゐるらしく、五節聲せっせいの意だとしょうせられてゐる。

〔註二〕禮と樂 禮樂れいがくについて支那し なの古典『論語ろんご』にはの如く記されてゐる。

(一)子路し ろいわく、衞君えいのきみを待ちてまつりごとさば、まさなんただしくせん。いわく、なるかな、ゆうや。君子くんしらざるいてけだ闕如けつじょす。ただしからざれば、すなわことばじゅんならず。ことばじゅんならざれば、すなわことらず。ことらざれば、すなわ禮樂れいがくおこらず。禮樂れいがくおこらざれば、すなわ刑罰けいばつあたらず。刑罰けいばつあたらざれば、すなわたみ手足しゅそくなし。ゆえ君子くんしこれづくること、くし、これを言ふこと必ずおこなふべくす。君子くんしげんいていやしくもするなきのみと。(子路

(二)孔子こうしいわく、天下みちれば、すなわ禮樂れいがく征伐せいばつ天子てんしよりづ。天下みちければ、すなわ禮樂れいがく征伐せいばつ諸侯しょこうよりづ。諸侯しょこうよりづれば、けだし十せいにしてうしなはざることまれなり。大夫たいふよりづれば、五せいにしてうしなはざることまれなり。陪臣ばいしん國命こくめいれば、三せいにしてうしなはざることまれなり。天下みちあればすなわまつりごと大夫たいふらず。天下みちあれば、すなわ庶人しょじんせず。(季氏)

(三)孔子こうしいわく、益者えきしゃごう損者そんじゃごうあり。禮樂れいがくせっすることをこのみ、人のぜんふことをこのみ、賢友けんゆうおおからんことをこのむはえきなり。驕樂きょうらくこのみ、佚遊いつゆうこのみ、宴樂えんらくこのむはそんなり。(季氏)

〔註三〕此の舞を始めたまひ造り給ひき 天武てんむ天皇が吉野のたきみやにゐられた時、日暮ひぐれに琴をたんじて心をすまされると、むかひの山のほらあなから不思議な形の雲が立ち登り、その雲の間から神女しんじょが出現して、天皇たんじてをられるふしに合はせて舞ひ、五たびそでひるがえして消え去つた。天皇はその見事なまいに思はずも

  少女子おとめごがをとめさびすもからたま

    たもとにまきてをとめさびすも

えいぜられ、その後每年まいねん五人の舞姬まいひめ御覽ごらんぜられたのが、この起原きげんだとつたへられてゐる。

〔注意〕本詔ほんしょう聖武しょうむ天皇みことのりを右大臣宿禰諸兄たちばなのすくねのもろえ元正げんしょう天皇そうしたので、元正げんしょう天皇(本詔の太上天皇)はそれにたいして、次のみことのりくだされた。

 現御神あきつみかみ大八洲おおやしまぐにろしめす天皇すめらみことの、けまくもかしこ天皇すめら朝廷みかどの始めたまひ造りたまへるまいくにたからとして、このみこつかへまつらしめたまへば、あめしたに立てたまひおこなひたまへるのりゆべき事はなくありけりと、見聞き喜びはべりと申したまふとりたまふ大命おおみこともうす。又、今日こんにちおこなたまわざをみそなはせば、ただに遊びとのみにはあらずして、あめしたの人に君臣きみやっこ親子おやこことわりおしへたまひおもぶけたまふとにあるらしともおもほしめす。ここをもておしへたまひおもぶけたまひながら受けたまはり持ちて、忘れずうしなはずあるべきしるしとして、一にんにんおさめたまはむとなも、おもほしめすともうしたまふとりたまふ大命おおみこともうしたまはくともうす。

聖武しょうむ天皇はこのみことのりほうじ、更に次の如く御答辭ごとうじあそばされた。

 天皇すめら大命おおみことらまとりたまはく、今日こんにちおこなひたまひつかへまつりたまふわざによりて、御世み よ御世み よあたりてつかへまつれる親王み こたち大臣おおきみたちの子等こどもを始めて、おさめたまふべき一にんにんども選びたまひおさめたまふ。ここいましたちも今日こんにちりたまふ大命おおみことのごと、君臣きみやっこ祖子おやこことわりわするる事なくぎまさむ天皇すめら御世み よ御世み よに、あかきよき心をもちて、おやの名をいただき持ちて、天地あめつちと共に長く遠くつかまつれとして、冠位かがふりくらいたまおさめたまふとりたまふと大命おおみことを、もろもろきこしめさへとる。

【大意謹述】天皇おおせのままをここに申し上げる。恐れ多くも飛鳥あすか淨御原きよみはらみやにあられて、日本を統治あそばされた天武てんむ天皇に於かせられては、天下を平定し支配されたのちに、社會しゃかいの上下の區別くべつを整頓し、人々の心をやわらげて少しも不滿ふまんなく、世の中を今のままに永久に變化へんかすることなくしずかにさせるのには、れいがくとを共にならべてこそ理想通り平和はつづき、世は無窮むきゅうに長く治まると思召おぼしめされた。かくしてこの五せちまいを始めて制定されたとうけたまわつてゐる。ゆえ皇統こうとうが天地と共に永久にえることなく、ますます盛大になつてくやうに、このまい御世み よ々々み よ常に受けいでかなければならないとして、今囘こんかい皇太子ひつぎのみこ阿倍內親王あべのないしんのうまなばせ習はせて、御先代ごせんだい元正げんしょう天皇御前ごぜんに於いて御覽ごらんに入れることを申し上げる次第である。