7-2 改元の宣命 元明天皇(第四十三代)

改元かいげん宣命せんみょう(第二段)(和銅元年正月 續日本紀

故改慶雲五年而和銅元年爲而、御世年號定賜。是以天下慶命詔、冠位上可賜人人治賜。(大赦天下、自和銅元年正月十一日昧爽以前大辟罪已下、罪无輕重、已發覺未發覺、繫囚見徒、咸赦除之。其犯八虐、故殺人、謀殺人已殺、賊盜、常赦所不免者、不在赦限。亡命山澤、挾藏軍器、百日不首、復罪如初。高年百姓、百歲以上賜粈三斛。九十以上二斛、八十以上一斛。孝子順孫、義夫節婦、表其門閭、優復三年。鰥寡惸獨不能自存者、賜粈一斛。賜百官人等祿各有差。諸國之郡司、加位一階。其正六位上以上、不在進退限。)免武藏國今年庸、當郡調詔天皇、衆聞宣。

【謹譯】慶雲けいうん五年いつとせあらためて和銅元年わどうはじめのとしとして、御世み よ年號ねんごうさだめたまふ。ここ天下てんかよろこびのおおみことりたまはく、冠位かがふりくらいげたまふべき人人ひとびとおさめたまふ。(天下てんか大赦たいしゃし、和銅わどう元年がんねん正月しょうがつ十一日の昧爽まいそうより以前いぜん大辟罪たいへきざい已下い かつみ輕重けいちょうく、已發覺いはっかく未發覺みはっかく繫囚けいしゅう見徒けんとことごとこれ赦除しゃじょす。つみぎゃく故殺人こさつじん謀殺人ぼうさつじん已殺いさつ賊盜ぞくとう常赦じょうしゃまぬかれざるところのものは、ゆるかぎりにらず。山澤さんたく亡命ぼうめいし、軍器ぐんき挾藏きょうぞうして、百にちもうさざるは、つみふくすことはじめのごとくならむ。高年こうねんの百せい、百さい以上いじょうもみごくたまふ。九十以上いじょうは二こく、八十以上いじょうは一こく孝子こうし順孫じゅんそん義夫ぎ ふ節婦せっぷは、門閭もんりょひょうし、ゆうして三ねんふくす。鰥寡かんか惸獨けいどくひとりみずかそんするあたはざるものには、もみこくたまふ。百かんじん祿ろくたまふことおのおのあり。諸國しょこく郡司こおりのつかさくらいかいくわふ。しょうじょう以上いじょうは、進退しんたいするかぎりにらず。)武藏國むさしのくに今年ことしちからしろ、そのこおり調みつぎゆるしたまふとりたまふ天皇すめらおおみことを、もろもろきこしめさへとる。

【字句謹解】◯冠位 もとかんむり區別くべつによつて位の高下こうげわかつたが、文武もんむ天皇大寶たいほう元年以來いらいは冠の代りに位記い きたまふことになつた。しかし宣命せんみょうではその後も冠位かんいなどことばはいせず、使用したのである ◯治めたまふ 冠位かんいをあげられること ◯昧爽 夜明け方の義 ◯大辟罪 死刑を申し渡された罪人 ◯罪の輕重と无く 罪の大小を論じないで一ようにする ◯已發覺 すでに罪がかんの方に分つてゐる者 ◯未發覺 未だ明瞭めいりょうに分らない者 ◯繫囚 獄舍ごくしゃつながれてゐる囚人しゅうじん ◯見徒 流刑りゅうけいしょせられてゐる罪人 ◯八虐 八ぎゃくとは八大罪だいざいの意。『周禮しゅらい』には八へきとして議親ぎしんへき議故ぎ この辟・議賢ぎけんの辟・議能ぎのうの辟・議功ぎこうの辟・議勤ぎきんの辟・議賓ぎひんの辟がげられてゐるが、日本では(一)謀反ぼうはん(二)謀大逆ぼうたいぎゃく(三)謀叛むほん(四)惡逆あくぎゃく(五)不道ふどう(六)大不敬だいふけい(七)不孝ふこう(八)不義ふ ぎを以て八ぎゃくとした ◯故殺人 故意こ いに人を殺す ◯山澤に亡命し 山野さんやに身をかくすこと ◯軍器を挾藏して 武器を身のかたわらに置く意 ◯百日首さざるは 百日間のうちに自首しないならばの義 ◯ もみと同じ、もみがらをつけた米のこと ◯順孫 親や祖父母そ ふ ぼ忠誠ちゅうせいである人々 ◯義夫 忠孝ちゅうこうに厚いおとこ ◯節婦 節操せっそうのかたいおんな ◯門閭に表し 郷里きょうりの入口に記してその人々のとくを世に知らせる意 ◯優して三年を復す 特別の恩惠おんけいで三年間の租稅そぜいを返す ◯鰥寡惸獨 鰥寡かんかは配偶者を失つた男女、けいは兄弟を失つた者、どくたよりになる者のない人 ◯自ら存する能はざる者 自分で經濟けいざい生活をいとなんでく力のない者の意 ◯進退する限りに在らず しょう六位以上はくらいかいを進めるといふ今囘こんかいの事から例外にする意 ◯ 勞役ろうえきのこと ◯調 物產ぶっさんたてまつること。

【大意謹述】武藏むさしから和銅わどうが出た記念として、慶雲けいうん五年を和銅わどう元年と改め、この和銅わどう當代とうだい年號ねんごうの名と定められた。そこで天下に向つて盛大な御代み よ祝福しゅくふくする御詞おことばを下され、地位をのぼせる人々にそれぞれ厚い思召おぼしめしを加へられる事になつたのである。

(次の條件じょうけんもとに天下に大赦たいしゃすることにした。和銅わどう元年正月十一日の夜明よあけ以前の死刑囚しけいしゅう以下は、罪の輕重けいちょうを論ぜず、かんの手に逮捕された者、未だされない者、獄舍ごくしゃつながれた者、流刑りゅうけいしょせられた者のすべてをゆるす。ただし八の死刑に相當そうとうする罪を犯した者、故意こ いに人を殺した者、る目的から殺人を決行した者、又は盜賊とうぞくなどで常の大赦たいしゃから例外にされてゐる人々は、今囘こんかいゆるすことは出來ない。山野さんやかくれて、武器を身の近くに貯へ、百日間も自首しない者は、前の例外の人々と同じくするであらう。長壽ちょうじゅを保つた民に就いては、百さい以上は三ごくもみ、九十歲以上は二こくもみ、八十歲以上は一こくもみたまふことにする。孝心こうしんの厚い子や親と祖父母そ ふ ぼとに申し分なくつくす孫、忠孝ちゅうこうの心を失はない夫や節操せっそうのかたい妻は、その名を郷里きょうりの入口に記し、三年間のを返す。配偶者を失つた男女、兄弟のない者、たよりになる人々を失つた者などで、自分で經濟けいざい上の獨立どくりつし得ない人々には、一こくもみを支給される。朝廷に奉仕する百ぱん官吏かんりには、身分におうじて等差とうさもと祿ろくたまふ。諸國しょこく郡司ぐんじにはくらいを一かいのぼせる。ただしょう以上はこの例に入らない。)

和銅わどうを出した武藏國むさしのくにの本年度の勞役ろうえき、その出產地しゅっさんち物產ぶっさんたてまつる事などは、今度だけゆるされることになつたとおおせられる天皇大命おおみことを、一同の人々もよく拜承はいしょうされるやう申し上げる。

【備考】當時とうじ武藏國むさしのくに秩父郡ちちぶごおり地方から自然に出來で きた銅が出たのである。和銅わどう改元かいげんされたのは、在來ざいらい瑞祥ずいしょうによつて行はれた例によられたのであつて、和銅わどうとは、熟銅にぎあかがねといふ意味だつた。この時、始めて催鑄錢司さいちゅうせんしを置き、じゅじょう多治比眞人たじひのまひと三宅磨みやけまろを以て、それに任ぜられた。同時に諸國しょこく鑄錢司ちゅうせんしを置き、錢貨せんか史上に一しん紀元きげんを作つた。催鑄錢司さいちゅうせんしとは、「諸國しょこく鑄錢ちゅうせんかりもよおす」といふ意味の名稱めいしょうで、かくして、和銅わどう元年、始めて銀錢ぎんせん及び銅錢どうせん鑄造ちゅうぞうし、共にぶん和銅わどう開珎かいほうつた。翌二年には、銀錢ぎんせんをやめ、銅錢どうせんのみを行はしめ、同三年、全く銀錢ぎんせんを禁じた。それは、銅錢どうせんの方が、通用上、銀錢ぎんせんよりも便利が多かつたからである。(尙ほ『政治經濟篇』参照の事)