4 休祥を享くるの詔 天武天皇(第四十代)

休祥きゅうしょうくるのみことのり(十二年正月 日本書紀

明神御大八洲、日本根子天皇勅命者、諸國司國造郡司及百姓等諸可聽矣。朕初登鴻祚以來、天瑞非一二多至之。傳聞、其天瑞者、行政之理、協于天道則應之。是今、當于朕世、每年重至。一則以懼、一則以喜。是以、親王諸王及群卿百寮、並天下黎民、共相歡也。乃小建以上給祿各有差。因以大辟罪以下皆赦之。亦百姓課役、並免焉。

【謹譯】明神あきつみかみ大八洲おおやしまぐにしらす、日本やまと根子ね こ天皇すめらみこと勅命みことのりは、諸國しょこく國司くにつかさ國造くにのみやつこ郡司こおりのつかさおよび百姓等せいたちもろもろくべし。ちんはじめて鴻祚あまつひつぎしらししより以來このかた天瑞てんずい一二にあらずしてきわいたれり。つたく、天瑞てんずいは、まつりごとおこなふの天道てんどうかなふときはすなわこたふ。いまちんあたりて、年每としごとかさねていたれり。一たびはすなわもっかしこまり、一たびはすなわもっよろこぶ。これもって、親王しんおう諸王しょおうおよ群卿ぐんけいりょうならび天下てんか黎民れいみんともあいよろこぶらん。すなわ小建しょうけんよりうえ祿ろくたまふことおのおのあり。よっもっ大辟罪しぬるつみ以下い かみなゆるしたまふ。またせい課役かえきならびにゆるしたまふ。

【字句謹解】◯休祥 吉兆きっちょうのこと ◯明神 現人神あらひとがみの意で人間であると共に完全な神格しんかくしてゐられること。天皇のことを申し上げる ◯大八洲御す 日本全土を御統治ごとうちあそばされる ◯日本根子天皇 當代とうだいぎょ天皇の意 ◯勅命 天皇の御命令 ◯鴻祚 天皇御位みくらい ◯天瑞 天から降された目出度め で た前兆ぜんちょう ◯政を行ふの理 政治施行しこうの方針 ◯天道に協ふときは則ち應ふ 天が人民を生じそれを幸福こうふくにするために君主をてた。君主はゆえにその德化とっかによつて人民を幸福にすることが出來れば天道てんどうに合するのである。この支那し な思想が日本では一てんして天皇天照大御神あまてらすおおみかみの御直系によつて決定され、神勅しんちょくうち大御神おおみかみの御意志が明瞭めいりょうあらはれてゐる。したがつて神勅しんちょくに合すること、すなわ萬世ばんせいけい皇統こうとうもとに日本が統治され、上下しょうかが融合する事實じじつが日本として天道にかなふことになる。その時に天は目出度い前兆を示す。この場合、三あしすずめを得た事實じじつによつて、現在の政治狀態じょうたい大御神おおみかみ御意ぎょいに合したのを知つたのである ◯年每に重ねて至れり 史上には天武てんむ天皇御代み よに度々瑞兆ずいちょうがあつたとは見えない。修飾語であらう ◯一たびは則ち以て懼り 吉兆きっちょうを得た時の天皇心持こころもちに就ておおせられたのである。御自分に果してそれだけの善政ぜんせいがあつたらうかと反省され、今後はいよいよ天神あまつかみ御心みこころかなはなければいけないとつつしまれること ◯一たびは則ち以て喜ぶ 反省されつつしまれると同時に、非常に御心中ごしんちゅうに喜ばれること ◯群卿百寮 その場になら公卿こうけいかんの意 ◯天下の黎民 天下の國民こくみん ◯小建 官名である ◯大辟罪 死罪のこと ◯課役 田租でんそ及び勞役ろうえき

〔注意〕內外に事なく、世が太平となれば、それが天に達して、天帝てんていの命により幸福こうふくの前兆があらはれるとの思想は支那し な古典から多く發見はっけん出來る。それが我國わがくに輸入ゆにゅうされたのであつたらう。ただしこの場合、支那し なの天と我が國のそれとの觀念かんねんが、全然ことなることは言ふまでもない。ゆえに、國中くにじゅう何處ど こからでも人智じんちで考へ得られないところの珍しい現象が生ずれば、これを幸福の前兆として、あるい改元かいげんし、大酺たいほし、あるい大赦たいしゃする例が多かつた。本詔ほんしょうは、筑紫つくし太宰だざい丹比たじひの眞人まひとが、三そくすずめたてまつつたために天下に大赦たいしゃした。この前後に於ける同じたぐいみことのりとして左の詔勅しょうちょくがある。

(一)白雉はくちみことのり(孝德天皇白雉元年二月、日本書紀)(二)休祥きゅうしょうくるのみことのり元正天皇養老七年十月、續日本紀)(三)休祥を享くるの宣命せんみょう聖武天皇天平元年八月、續日本紀)(四)休祥を享くるの詔(天平三年十二月、續日本紀)(五)休祥を享くるの詔(天平十一年三月、續日本紀)(六)休祥を享くるの詔(天平十八年三月、續日本紀)(七)休祥を享くるの詔(孝謙天皇天平寶字二年二月、續日本紀

そして(一)は穴戸あなどから白雉はくち發見はっけんされ改元かいげんされたものであり、(二)は白龜はっき、(三)はつたかめ、(四)は全身がくろく、尾だけが白い馬、(五)は全身があおく尾だけが白い馬、(六)は白龜はっき、(七)は根本をむしつて十六字をあらはした不可思議な藤の樹である。なほ、前述した如く、支那し なにもこの種の現象が多く、我が國では更に後代にも見られる。本篇には、孝德こうとく天皇の「白雉はくちみことのり」と本詔ほんしょうすなわち、天武てんむ天皇の「休祥きゅうしょうくるのみことのり」の二しょう謹解きんかい奉掲ほうけいした。

【大意謹述】現人神あらひとがみとして日本全土を統治される當代とうだい天皇おおせを、諸國しょこく國司くにつかさ國造くにのみやつこ郡司こおりのつかさ及び一般國民こくみんつつしんで聞かなければならない。ちん皇位こういいでから以來このかた、現在に至るまで、天から降される幸福こうふく前兆ぜんちょうが一さいではない。これを有識者ゆうしきしゃただすと、天が幸福の前兆を示されるのは、施政しせいが天の道に合つてゐるからで、天皇德化とっか皇祖こうそ天神てんじん御意ぎょいと一致した時、天が吉祥きっしょうを示されるとのことである。現在、朕の世になつて每年まいねんのやうにこの目出度め で たい事が重なるのは、じつ天照大御神あまてらすおおみかみ御意ぎょい當代とうだい施政しせいとがぴたりと合つたものと考へる。つて今後ますます反省してつつしむつもりであるが、それと同時に、おおいに喜ばしいがしてならない。ゆえに、この滿足まんぞくの思ひを親王しんのう諸王しょおう及び公卿こうけいかん、更に國民こくみん全部と共にしたいと考へ、ここに小建しょうけん以上の位あるものには地位におうじた祿ろくたまひ、死刑以外の者共ものどもは全部ゆるすことにする。又、國民にせられる田租でんそ勞役ろうえきも、共に全免ぜんめんすることに決定した。