65 李王冊立ノ詔書 明治天皇(第百二十二代)

李王りおう冊立さくりつ詔書しょうしょ(明治四十三年八月二十九日 官報

【謹譯】ちん天壤てんじょう無窮むきゅう丕基ひ きひろクシ、國家こっか非常ひじょう禮數れいすうそなヘムトほっシ、ぜん韓國かんこく皇帝こうていさくシテおうシ、昌德宮しょうとくきゅう李王りおうしょうシ、嗣後し ご隆錫りゅうしゃく世襲せしゅうシテもっ宗祀そうしほうセシメ、皇太子こうたいしおよ將來しょうらい世嗣せいし王世子おうせいしトシ、太皇帝たいこうてい太王たいおうシ、德壽宮とくじゅきゅう李太王りたいおうしょうシ、おのおの儷匹れいひつ王妃おうひ太王妃たいおうひmた王世子妃おうせいしひトシ、ならびツニ皇族こうぞくれいもっテシ、とく殿下でんか敬稱けいしょうもちヒシム。世家せいか率循そつじゅんみちいたリテハ、ちんまさべつ軌儀き ぎさだメ、李家り け子孫しそんヲシテ奕葉えきようこれリ、福履ふくり增綏ぞうすいシ、なが休祉きゅうちケシムヘシ。ここ有衆ゆうしゅう宣示せんじシ、もっ殊典しゅてんあきらかニス。

【字句謹解】◯天壤無窮ノ丕基 天地と共に永久にきわまりのない日本にっぽん皇位こういのこと。丕基ひ きは大きな基礎で皇位こういを意味する ◯國家非常ノ禮數 國家こっかに於いて今まで見られなかつた程の待遇。禮數れいすうとは、身分相等そうとう禮儀れいぎの意。〔註一〕參照 ◯冊シテ 皇族を立て定めること ◯嗣後 子孫の意 ◯隆錫 さかん名譽めいよ ◯世襲 代々よ よ子孫がその地位をぐこと ◯宗祀ヲ奉ス 祖宗そそうれいをまつる ◯將來ノ世嗣 今後の正統な後繼者こうけいしゃ ◯太皇帝 ぜん韓國かんこく皇帝の御父君ごふくんのこと ◯儷匹 配偶はいぐう關係かんけいにある婦人のしょう ◯待ツニ皇族ノ禮ヲ以テシ 我が皇族と同一な待遇をすること ◯率循ノ道 奉仕する道 ◯軌儀 規定のこと ◯奕葉 代々だいだいの意 ◯福履ヲ增綏シ 福德ふくとく增進ぞうしんする ◯休祉ヲ享ケシム 幸福こうふくを保たせる。休祉きゅうちはよいしあはせの意 ◯有衆 國民こくみん全般 ◯殊典 特別な典例てんれい

〔註一〕國家非常ノ禮數 韓國かんこく併合へいごう條約じょうやく第三じょうしたがはれたおおせである。これに就いては『軍事外交篇』に說明せつめいしたが本詔ほんしょうを理解する上に重要なので、重ねて〔注意〕に引用する。

〔注意〕本詔ほんしょう連關れんかんして、

(一)伊藤いとう博文ひろぶみちょうスルノ勅語ちょくご(明治四十二年十一月二日、官報)(二)韓國かんこく併合へいごうニ付キ下シ給ヘル詔書しょうしょ(明治四十三年八月二十九日、官報)(三)こう李熹り き優遇ゆうぐう詔書しょうしょ(明治四十三年八月二十九日、官報)(四)朝鮮ニ下シ給ヘル詔書(明治四十三年八月二十九日、官報)(五)韓國かんこく併合へいごうニ付キ總理そうり大臣かつら太郞たろうニ下シ給ヘル勅語(明治四十三年八月二十九日、官報)(六)朝鮮總督府そうとくふ官制かんせい改正ノみことのり(大正八年八月十九日、官報

がある。韓國かんこく併合へいごう由來ゆらい經過けいかなどに就いては『軍事外交篇』参照さんしょうのこと。要するに日露にちろ戰爭せんそう後、韓國の王室に國內こくない統治とうち實力じつりょく乏しく、その治安は我が日本に大關係だいかんけいがあり、韓國他國たこく勢力範圍はんいとなれば、日本存亡かんする一大事であることが原因で、韓國かんこく併合へいごう實現じつげんとなつた。その條約じょうやくは左の如くである。

韓國併合條約

第一條 韓國かんこく皇帝陛下は、韓國全部にかんする一切の統治權とうちけんを、完全つ永久に日本國にっぽんこく皇帝陛下に讓與じょうよす。

第二條 日本國皇帝陛下は、前條ぜんじょうかかげたる讓與じょうよ受諾じゅだくし、つ全然韓國かんこくを日本帝國ていこく併合へいごうすることを承諾す。

第三條 日本國皇帝陛下は、韓國皇帝陛下、たい皇帝陛下、皇太子殿下、ならび后妃こうひ、及び後裔こうえいをして、各々おのおのの地位におうじ、相當そうとうなる尊稱そんしょう威嚴いげん、及び名譽めいよ享有きょうゆうせしめ、これを保持するに十分なる歲費さいひ供給すべきことをやくす。

第四條 日本國皇帝陛下は、前條以外韓國皇族、及び後裔こうえいたいし、各々おのおの相當そうとう名譽めいよ及び待遇を享有きょうゆうせしめ、これを維持するに必要なる資金を供給することをやくす。

第五條 日本國皇帝陛下は、勳功くんこうある韓人かんじんにして、特に表彰をすを適當てきとうなりと認めたる者にたいし、榮爵えいしゃくを授け、恩金おんきんあたふべし。

第六條 日本國政府は、前記併合へいごうの結果として、全然韓國かんこく施政しせい擔任たんにんし、同地に施行しこうする法規を遵守じゅんしゅする韓人かんじん身體しんたい及び財產ざいさんたいし、十分なる保護をあたへ、福利ふくり增進ぞうしんはかるべし。

第七條 日本國政府は、誠意せいい忠實ちゅうじつに新制度を尊重する韓人かんじんにして、相當そうとうの資力ある者を事情の許す限り、韓國かんこくに於ける帝國ていこく官吏かんりに登用すべし。

第八條 本條約ほんじょうやくは、日本國皇帝陛下及び韓國皇帝陛下の裁可さいかたるものにして、公布の日よりこれ施行しこうす。みぎ證據しょうことして、りょう全權ぜんけん委員は、本條約に記名調印するものなり。

明治四十三年八月二十二日  統監そうとく 子爵ししゃく 寺內てらうち正毅まさたけ

隆凞りゅうき四年八月二十二日    內閣總理そうり大臣 完用かんよう

【大意謹述】ちんは天地と共に永く不變ふへんな皇室の基礎を固くしひろむるため、國家こっか成立以來いらい、未だ例のない待遇を以て前韓國かんこく皇帝を迎へようと思ふ。すなわち前韓國皇帝を王の地位に立て、昌德宮しょうとくきゅう李王りおうと呼ぶ事とした。そしてその子孫の人たちが、今後この輝かしい名譽めいよを代々受けぎ、祖宗そそうれいを祭るべきこととした。同時に皇太子及び今後に於ける後繼者こうけいしゃ王世子おうせいしとし、太皇帝たいこうてい太王たいおうの地位に就け、德壽宮とくじゅきゅう李太王りたいおうと呼び、昌德宮しょうとくきゅう李王りおうの配偶者を王妃と呼び、德壽宮とくじゅきゅう李太王りたいおうの配偶者を太王妃たいおうひと呼び、將來しょうらい、正統を受けぐ地位にある方々を王世子妃おうせいしひとなし、すべて皇族同等の待遇を以てして、特に殿下といふ敬稱けいしょうを使用さるべき事とした。又、その奉仕せらるべき道に就いては、別に規定を設け、李家り けの子孫たちに代々これらしめ、その利福りふくし、永久にさかえるやう心するであらう。ちん韓國かんこく併合へいごうに際し、以上のむねを國民に告げ、特別な禮遇れいぐう所由しょゆを明らかにする。

【備考】由來ゆらい、日本は君子國くんしこくしょうせられる。その禮儀れいぎに厚いことは、中古時代から、支那し なにも知られてゐた。日韓にっかん合邦がっぽうあたり、明治天皇におかせられて、韓國かんこく國王こくおうたいし、十分の禮意れいいを示され、王を優遇さるるについて、周到しゅうとうの配慮をなされたことは、君子國くんしこくはんを示された一例として、本詔ほんしょうの上に拜誦はいしょうせられる。西洋においては、かうしたてんについて、存外ぞんがい、冷淡で、一度優越な地歩ち ほを占めると、征服者的な態度で、冷酷な心持こころもちを示す場合が古來こらい、決して少くなかつた。このてんにおいて、西洋のき方は、露骨ろこつで非人情的である。日本では古來こらい、人情に重きを置き、たとひ、優越の地位を占めようとも、たいしてやさを失はぬ。それは上下共通の特長だつた。本詔ほんしょうはいして一げん所感しょかんを述べる。(『軍事外交篇』参照)