62 重要法案ニツイテ貴族院ニ下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

重要じゅうよう法案ほあんニツイテ貴族院きぞくいんくだたまヘル勅語ちょくご(明治三十四年三月二日 官報

【謹譯】

ちん中外ちゅうがい形勢けいせいテ、ふか時局じきょくかんナルヲうれフ。いまおい必要ひつよう軍費ぐんぴ支辨しべんシ、ならび財政ざいせい鞏固きょうこニスルノ經畫けいかくツルハ、まこと國家こっか急務きゅうむぞくス。

ちんさき議會ぎかいひらクニあたリ、しめスニちんもっテシ、政府せいふめいシテ提出ていしゅつセシメタル增稅ぞうぜい諸法案しょほうあんハ、すで衆議院しゅうぎいん議決ぎけつタリ。

ちん貴族院きぞくいん各員かくいん忠誠ちゅうせいナル、かならちん日夕にっせきうれいわかツヘキヲしんシ、すみやか廟謨びょうも翼賛よくさんシ、國家こっかヲシテ他日たじつうらみのこサラシメムコトヲのぞム。

【字句謹解】◯中外ノ形勢ニ視テ 世の中の時勢じせいから察しての意。〔註一〕參照 ◯時局ノ艱ナルヲ憂フ 現在の政治上の歩みが困難なのを心痛する ◯鞏固ニスルノ經畫 確實かくじつにする手段 ◯示スニ朕カ意ヲ以テシ これは『第十五帝國ていこく議會ぎかい開院式かいいんしき勅語ちょくご』(明治三十三年十二月二十五日、官報)を指されたので、そのうちに「ちん國家こっか必要ノ軍費ヲ支辨しべんシ、ならびニ財政ノ基礎ヲ鞏固きょうこニスルため國務こくむ大臣だいじんニ命シテ、租稅そぜい增加ぞうか經畫けいかくヲ定メシメ、明治三十四年度豫算案よさんあん及ヒ諸法律案ト共ニ、議會ぎかいセシム」とおおせられてゐる ◯增稅 第十五議會ぎかいに政府案として提出されたものは、酒造稅しゅぞうぜい關稅かんぜい・砂糖消費ぜい增稅ぞうぜい及び煙草專賣せんばい收入しゅうにゅう增加ぞうかである ◯朕カ日夕ノ憂 ちんの平常からの心痛するてんすなわ北淸ほくしん事變じへん及び日露にちろ交戰こうせんざるものとの叡慮えいりょもとに、軍費擴張かくちょうこころざされた事と拜察はいさつせられる ◯廟謨 朝廷の方針。〔註二〕參照。

〔註一〕中外ノ形勢ニ視テ この時局困難を詔勅しょうちょく上からはいすれば、『改訂條約じょうやく實施じっしニ付キ下シ給ヘル詔勅しょうちょく』(明治三十二年六月三十日、官報)によつて條約じょうやく問題は一おう整理されたが、『遼東りょうとう還附かんぷ詔勅しょうちょく』(明治二十八年五月十日、官報)にる三ごく干渉かんしょうからの臥薪がしん嘗膽しょうたん時代であり、現に『第十五帝國ていこく議會ぎかい開院式かいいんしき勅語ちょくご』(前出)及び『北淸ほくしん事變じへん戡靖たんせいいさおしよみ陸海軍りくかいぐんニ下シ給ヘル勅語ちょくご』(明治三十四年七月十三日、官報)にはいする如く、北淸ほくしん事變じへん直後ではあり、露國ろこく滿洲まんしゅうたいする野心が次第に明らかとなつた重大な時期であつたといへる。

〔註二〕廟謨 本勅ほんちょくは時の首相伊藤いとう博文ひろぶみ貴族院改造案を上奏じょうそうしたのに連關れんかんして、我が憲政けんせい史上しじょう著明ちょめいのことである。第十五議會ぎかいの分野は政友會せいゆうかい百五十五名・帝國黨ていこくとう十二名・無所屬むしょぞく三十二名・憲政けんせい本黨ほんとう六十七名・三四俱樂部く ら ぶ三十四名で政友會せいゆうかい內閣は衆議院では絕對ぜったい多數たすう增稅案ぞうぜいあんを可決したが、貴族院では第二次伊藤內閣の不當ふとう解散問題以來いらいの反伊藤熱が高く、研究かい・木曜かい朝日あさひ俱樂部く ら ぶ庚子會こうしかい茶話さ わかい・無所ぞくだんの六會派かいはいずれも山縣やまがた有朋ありともに操られて伊藤內閣に反對はんたいし、無事の通過する見通しは少しもなかつた。

 伊藤は勿論もちろんこれを熟知してゐたので、一時貴族院停會ていかいしてあらゆる方面に諒解りょうかい運動をおこなつたがこうなく、十日間(二月二十七日から三月八日まで)をのち再度の停會ていかい(三月九日から十三日まで)をも實行じっこうし、極力妥協成立を期待した。この間に山縣やまがた有朋ありとも松方まつかた正義まさよしなどは首相が上京して助けを求めしをもかえりみず、やがて聖上せいじょう御親電ごしんでんたまわつて、始めて上京したやうな恐れ多い事も起つた。しかるに貴族院開會かいかいの結果、增稅案ぞうぜいあんたいする修正案を示して政府の同意を求めることになり、首相はその同意をこばみ、ここに解散か、貴族院改革か、あるい總辭職そうじしょくかの問題に直面した。當時とうじ政友會せいゆうかいの全部は貴族院横暴を鳴らし、ほしとおるの如き徹底改造論者が勢力を占めてゐたので、首相もここに意を決し、左の如く上奏じょうそうして聖斷せいだんあおいだ。

貴族院改造の上奏文

「內閣總理そうり大臣大勲位だいくんいじゅ二位侯爵こうしゃくしん伊藤博文つつしんそうす。しん客年かくねん大命たいめいほうじ、端揆たんきおもきかたじけのうし、以來いらい閣臣かくしんはかり、國家こっか緊急の事項を調査し、經畫けいかくを定め、聖裁せいさい帝國ていこく議會ぎかいに提出し、つとめて憲法條規じょうき確守かくしゅし、の軌道をみて國家緊急の事務を遂行すいこうせんことを企圖き とし、豫算よさん案・增稅ぞうぜい案共に衆議院に於いては審査熟議じゅくぎの末、政府の提案を大體だいたい可決し、貴族院送致そうちし、これ院議いんぎするに至つて、目下もっか緊急とする所の增稅ぞうぜい案を否決でんとするの意嚮いこう表白ひょうはくするを以て、しん閣僚かくりょうと共に、不當ふとうにして事實じじつ擧行きょこうがたき理由を陳辨ちんべんするもほ堅く執つて動かず。ゆえしん情勢じょうせい具奏ぐそうするに及び、陛下は元勳げんくん各位かくいちょう調停ちょうていろうを執り、國務こくむの進行を阻滯そたいすることなからしめんことを命じたまひ、勳臣くんしん大命たいめいかくし、極力居中きょちゅうの力を致すにかんせず、ほ政府の許諾きょだくすべからざる修正を政府に求めんとするものの如し。

 つらつおもふに、今日こんにち內外の情勢にたいし、貴族院意嚮いこう到底とうていしん輔弼ほひつの責任をまったくするに於いて、同意を表するあたはざるのみならず、退いて熟思じゅくしするに、憲法の運用に於いて國民の代表たる衆議院と政府と意見あいれざる場合には、解散して以て國民の可否か ひを問ふことをるも、貴族院と政府と衝突し、今日こんにちの如き形勢を將來しょうらい遭遇そうぐうするも、圓滑えんかつ經過けいかを望むべからざるや明らかなり。

 さき憲法制定にあたり、しんじつ大命たいめいほうじ、經畫けいかくの任にる。しかして今日こんにちの如き疎通そつうすべからざる難境なんきょうおちいる。畢竟ひっきょうしん經畫けいかくの時に於いて周密しゅうみつくにもとづかざるを得ず。ここに於いて將來しょうらい憲法政治の生活をして永續えいぞくせしめんとするに於いては、貴族院改造の一方あるのみ。陛下しんをして大局たいきょくまったくするの責任を負擔ふたんせしめられんしん貴族院改造案をし、上奏じょうそう聖裁せいさいあおぐべし。うやうやしく陛下のめにはかるに、勳臣くんしん諮問しもんたまひ、果してしん獻替けんたいする所をなりとするに於いては、しん國家こっかために微力をつくさんとほっす。つつしん進止しんしこうす。しん誠惶せいこう々々せいこう。」

 この上奏文じょうそうぶん具體ぐたい的な改造案こそは示してないが、憲政けんせい上重大問題を含んでゐる。聖上せいじょうに於かせられてもおおい叡慮えいりょわずらはしたまひ、近衞このえ議長を宮中きゅうちゅうして本勅ほんちょくたまわつた。その結果、貴族院六派は恐懼きょうくところを知らず、俄然がぜん態度を一ぺんして增稅ぞうぜい案を可決した。本勅ほんちょく關係かんけいを持つ詔勅しょうちょくとしては『第十五帝國ていこく議會ぎかい開院式かいいんしき勅語ちょくご』(明治三十三年十二月二十五日、官報)をげなければならない。

【大意謹述】ちんは現在、我が國內外の形勢を見て、政治上のあゆみがすこぶ多難たなんである事を知り、深く心痛しんつうせざるを得ない。 この時にあたつて必要の軍事費を支辨しべんすると同時に、我が財政の基礎を確實かくじつならしむべき方針を立てることは、しん國家こっかの急務だと信ずる。

 ちん先般せんぱん、第十五議會ぎかいの開院式に臨んだ時、ちんの意向を示し、當時とうじちん增稅ぞうぜいかんする諸法案を政府に命じて本議會ほんぎかいに提出せしめた。それはすで衆議院で無事通過したのである。

 ちん忠義ちゅうぎに厚く心から國家こっかに奉仕する貴族院議員が、必ずちんの日頃の心痛を察知すべきを信じ、早速政府の方針に賛成し、のちになつて國民から不滿ふまんの意を表することのないやう萬全ばんぜんせん事を望む。