60 衆議院ノ製艦費補足廢止ニ關スル奏請ニ報セラレシ勅語 明治天皇(第百二十二代)

衆議院しゅうぎいん製艦費せいかんひ補足ほそく廢止はいしかんスル奏請そうせいほうセラレシ勅語ちょくご(明治三十年三月三十日 官報

【謹譯】

ちんさき國家こっか軍防ぐんぼうことじつゆるクスヘカラサルヲおもヒ、內帑ないどかねならび文武ぶんぶ官僚かんりょう納金のうきんもっテ、製艦費せいかんひ補足ほそくテシメタリ。いますで數年すうねんテ、ことまたまさちょカムトス。しかシテ衆議院しゅうぎいん議決ぎけつシ、內帑ないど下賜か しとどメ、文武ぶんぶ官僚かんりょう納金のうきん免除めんじょセムコトヲ奏請そうせいセリ。ちんふかこれよみシ、明治めいじ三十年度ねんどおい官僚かんりょう薄俸はくほうクルもの納金のうきん免除めんじょシ、三十一年度ねんどいた全然ぜんぜん採納さいのうセムトス。

ちん臣民しんみん忠誠ちゅうせいたよリ、軍防ぐんぼう完實かんじつシ、永遠えいえいん平和へいわもっ帝國ていこく光榮こうえい增進ぞうしんセムコトヲのぞム。

【字句謹解】◯國家軍防ノ事 國防こくぼうの事の意 ◯一日モ緩クスヘカラサル 一日たりともおこたつてはならない ◯內帑ノ金 皇室御費用ごひようの意 ◯文武官僚ノ納金 文武ぶんぶ官吏かんりから俸給ほうきゅうの十分の一を製艦費せいかんひの一部に納金のうきんした事。〔註一〕參照 ◯補足ニ充テシメタリ 不足をおぎなはしめた。〔註二〕參照 ◯緒ニ就カムトス 成功のいどぐちがひらけかかつた ◯議決ヲ具シ 議會ぎかいで決定した意見を具申ぐしんする ◯下賜 物をたまふこと。ここでは皇室御費用中、每歲まいとし三十萬圓まんえん製艦せいかん補充費ほじゅうひとしてたまふことを指す ◯奏請 天子に願ふ ◯斯ノ議 內帑金ないどきん下賜か し廢止はいし奏請そうせいのこと ◯採納 受け入れて實行じっこうする。

〔註一〕文武官ノ獻金 この事は『閣臣かくしんおよ帝國ていこく議會ぎかい各員かくいんクルノ詔勅しょうちょく』(明治二十六年二月十日、官報)に於いておおいだされたもので、我々はその一部として、

國家こっか軍防ぐんぼうノ事ニいたりテハ、いやしくモ一じつゆるスルトキハ、あるいハ百年ノくいのこサム。ちんここ內廷ないていはぶキ、六年ノ間、每歲まいとし三十萬圓まんえん下付か ふシ、又文武ぶんぶ官僚かんりょうニ命シ、特別ノ情實じょうじつアル者ヲ除クほか、同年月間げっかん俸給ほうきゅう十分一ヲレ、以テ製艦費せいかんひ補足ほそくテシム」

とあるのを思ひ出し感佩かんぱいする。

〔註二〕製艦費問題 第四議會ぎかいに於いて、伊藤內閣と野黨やとうの衝突により、かしこくも〔註一〕につつしんで一部分を引用した大詔たいしょう渙發かんぱつとなり、貴族院も同一の決議をおこなつて無事解決した。しかるに二十九年末に開かれた第十議會ぎかいは、衆議院閉會前へいかいぜん國防こくぼうのために永く恩賜おんしあおぐことは恐懼きょうくの至りに堪へぬ。又、文武官ぶんぶかん俸給ほうきゅう、一わり納入の事も、國防こくぼうちょに就いため、これ免除めんじょする事と一けつし、次の上奏案じょうそうあん全會ぜんかい一致で可決した。

衆議院上奏文

衆議院議長鳩山はとやま和夫かずお、本院決議をし、つつしみそうす。うやうやしくおもんみるに、天皇陛下威武い ぶ慈仁じにんさき國家こっか軍務ぐんむの一じつゆるかせにすべからざるを垂示すいじし、特に內廷ないていの費をはぶき、六年の間、每歲まいとし三十萬圓まんえんを下したまひ、又文武ぶんぶ官僚かんりょうをして俸給ほうきゅう十分の一をれ、以て製艦費せいかんひ補足ほそくてしむるの詔勅しょうちょくを下したまふ。臣等しんら恐懼きょうくく所を知らず。つつしん綸旨りんし奉戴ほうたいし、誓つて優渥ゆうあくなる聖恩せいおんまん一にほうぜむことをせり。今や神聖しんえい英武えいぶなる陛下の權威けんいり、東洋の平和克復こくふくせられてより、國威こくい中外ちゅうがいあがり、皇澤こうたく億兆おくちょうに及び、國運こくうん隆昌りゅうしょうして、民力みんりょくつき殷富いんぷなり。しかして國防こくぼうの軍備、政府の設計せる所、稍々や やちょに就き、富士・八島やしま𢌞航かいこうた近きにらむとす。ひとえ至仁しじんなる聖詔せいしょうたまものにして、我が臣民しんみんきもめいじ、長くつたへて愈々いよいよ報效ほうこうみちはからむとす。の時にあたり、恩賜おんしかたじけのうするは、臣民しんみんまこと恐懼きょうくに堪へざる所なり。あおねがはくば、陛下の聖明せいめい慈仁じじんなる、臣等しんら眷々けんけん微衷びちゅうれ、製艦費せいかんひ恩賜おんしとどめ、又文武ぶんぶ官僚かんりょう納付のうふ免除めんじょしてこれを一般國民こくみん負擔ふたんせしめたまはむことを、臣等しんら誠惶せいこう誠恐せいきょうつつしそうす。」

 この上奏文じょうそうぶんただちに嘉納かのうせられ、更に本勅ほんちょく發布はっぷされたのである。したがつて『閣臣かくしんおよ帝國ていこく議會ぎかい各員かくいんクルノ詔勅しょうちょく』(明治二十六年二月十日、官報)及び日淸役にっしんえきに於ける諸詔勅しょうちょくが、本勅ほんちょく關係かんけいあるものとしてはいせられる。

【大意謹述】ちんかつ國家こっかにとつて國防こくぼうの事を一じつたりともおろそかにしてはならぬとふ考へのもとに、皇室費の一部支出文武官ぶんぶかんから俸給ほうきゅうの一部を獻納けんのうせしめて、製艦費せいかんひの不足をおぎなはしめた。現在はそれからすで數年すうねん國防こくぼうの事もようやちょに就かうとするに至つた。この時にあたり、衆議院院議いんぎにより、皇室費の一部分の下賜か し拜辭はいじし、同時に文武ぶんぶ官吏かんりからの獻金けんきんはいせられるやう奏請そうせいした。ちんはこの願ひ出に深く滿足まんぞくし、づ本年度(明治三十年)に於ては文武官ぶんぶかん中、俸給ほうきゅうの比較的少い者からの獻納金けんのうきんめ、みょう三十一年には、全くその願ひ通り、すべての獻金けんきんを中止せしむることに決定した。

 ちんは我が臣民しんみん忠義ちゅうぎに厚く、眞心まごころからくにを愛する心に手賴た より、今後國防こくぼうの完全をし、永久の平和を保ちつつ我が帝國ていこく光輝こうき名譽めいよとを增進ぞうしんせん事を望む。

【備考】國防こくぼう充實じゅうじつのための海軍かいぐん擴張かくちょうについて、上下こころよく協力し、ここにその目的の一ぱんを達成して、御內帑金ごないどきん御下賜ごかし拜辭はいじすると同時に、文武官ぶんぶかん製艦費せいかんひ獻納けんのうこれが必要なきに至つたことは、一個の愛國あいこく美談である。畢竟ひっきょう明治天皇みずか宮室きゅうしつの費を節約して御內帑金ごないどきんたまわり、率先そっせん、國民に向つて、國防こくぼう充實じゅうじつに全力を注がるる大精神だいせいしんを示されたので、文武官ぶんぶかんまたあおいで、これをはんとし、立派に美果び かを結んだのである。かうして日本海軍かいぐん發達はったつして、今日こんにちは世界に雄視ゆうしするの偉容いようするに至つた。その一主因しゅいんじつここにある。