58 第一帝國議會開院式ノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

だい帝國ていこく議會ぎかい開院式かいいんしき勅語ちょくご(明治二十三年十一月二十九日 官報

【謹譯】

ちん貴族院きぞくいんおよ衆議院しゅうぎいん各員かくいんク。

ちん卽位そくい以來いらい二十年間ねんかん經始けいしスルところ內治ないち諸般しょはん制度せいどほぼ綱領こうりょうケタリ。庶幾こいねがわクハ皇祖こうそ皇宗こうそう遺德いとくリ、卿等けいらともまえのちひらキ、憲法けんぽう美果び かおさメ、もっ將來しょうらいますます帝國ていこく光烈こうれつト、臣民しんみん忠良ちゅうりょうニシテ勇進ゆうしんナル氣性きしょうヲシテ、中外ちゅうがい表明ひょうめいナラシムルコトヲン。

ちんまたつと諸國しょこく盟好めいこうおさ通商つうしょうひろメ、國勢こくせい擴張かくちょうセムコトヲス。さいわい締盟ていめい諸國しょこく交際こうさい益々ますます親交しんこうくわヘタリ。

陸海りくかい軍備ぐんびハ、內外ないがい平和へいわ保全ほぜんスルためニ、とし完實かんじつセサルヘカラス。

明治めいじ二十四年度ねんど豫算よさん各般かくはん法律案ほうりつあんハ、ちんこれ國務こくむ大臣だいじんめいシテ議會ぎかいセシム。ちん卿等けいら公平こうへい愼重しんちょうもっ審議しんぎ協賛きょうさんスルところアルコトヲシ、あわセテ將來しょうらいクヘキノ模範もはんのこサンコトヲのぞム。

【字句謹解】◯貴族院 貴族院議員につて組織せられ、衆議院議員と共に帝國ていこく議會ぎかいを構成する機關きかんである。〔註一〕參照 ◯衆議院 全國民によつて選擧せんきょせられ、衆議院議員から成立してゐる。〔註二〕參照 ◯經始スル所 經營けいえい創始そうしするところ ◯其ノ綱領ヲ擧ケタリ 根本となる大要たいようつくした ◯遺德ニ倚リ 皇祖こうそ皇宗こうそうが後世にのこされた御德おんとくを力として ◯前ヲ繼キ後ヲ啓キ 前代のものをいで、これを後世にのこすやう、おおい發達はったつさせること ◯美果 美しい內容 ◯中外ニ表明 日本及び外國に示し明らかにすること ◯盟好ヲ修メ 親交を結ぶこと ◯通商ヲ廣メ 貿易をさかんにする。當時とうじ條約じょうやく改正のため輿論よろんが沸騰した次第は『軍事外交篇』で一通り說明せつめいした ◯擴張 ひろく四方にひろめる ◯締盟諸國 條約じょうやくを結んだ諸外國の意 ◯完實 完全に充實じゅうじつさせる意 ◯明治二十四年度ノ豫算 その年に於ける歲入さいにゅう歲出さいしゅつ豫算よさんのこと。〔註三〕參照 ◯國務大臣 第一議會ぎかい當時とうじの內閣組織に就いては〔註四〕參照 ◯公平愼重 公平は感情をこんじないで正しい態度で事に接する意。愼重しんちょうは注意深く事を處理しょりすること ◯協賛 賛成の意。

〔註一〕貴族院 當時とうじ貴族院令は大體だいたい次の諸點しょてんに要約出來る。

(一)皇族の男子成年せいねんに達した時は議席に列し、公侯爵こうこうしゃく滿まん二十五さいに達した男子は議員に任じ、終身しゅうしんとする。(二)はくだんしゃく滿まん二十五さいに達した男子は同爵どうしゃく互選ごせんで、當選者とうせんしゃは任期七年の議員となす。(三)みぎ各爵かくしゃく互選ごせん議員のすうは、伯爵はくしゃく十五人・子爵ししゃく七十人・男爵だんしゃく二十人、計百五人とする。(四)國家こっか勳勞くんろうあり又は學識がくしきある滿まん三十さい以上の男子で勅任ちょくにんせられた者は、終身しゅうしん議員とする。(五)各府縣ふけんに於ける滿まん三十さい以上の男子で、多額の直接國稅こくぜいを納める十五人中一にんを選び、勅任ちょくにんせられた者は任期七年の議員とする。(六)多額納稅のうぜい議員及び勅選ちょくせん議員のすうは、有爵ゆうしゃく議員のすうを超えないこと。(七)正副せいふく議長は任期七年、政府任命のこと。

〔註二〕衆議院 當時とうじ衆議院議員選擧せんきょ法は大體だいたい次の如くである。

(一)選擧せんきょ資格―イ、日本臣民しんみんたる男子にして、年齡ねんれい二十五さい以上 ロ、選擧人せんきょにん名簿調整の期日ぜん一定の期間、直接國稅こくぜい年額十五えん以上を納め、引續ひきつづき納むる者。(二)被選擧ひせんきょ資格―イ、日本臣民しんみんたる男子にして、年齡三十さい以上 ロ、直接國稅こくぜい年額十五えん以上納付すること。(三)選擧區制せんきょくせい及び定數ていすう―イ、小選擧區しょうせんきょく ロ、三百人。

 以上第一帝國ていこく議會ぎかいに於ける衆議院大勢たいせい・分野は大成會たいせいかいの七十名・國民こくみん自由とうの三十五名が與黨よとう、自由とうの百三十名・改進黨かいしんとうの四十一名が野黨やとうで、中立が二十五名である。野黨やとう豫算よさん總額そうがく約一割の大削減を主張し、大分だいぶ紛糾ふんきゅうしたが、九日間の會期かいき延長をて、政府の民黨みんとう切崩きりくずしが成功し、二十四年三月八日無事閉會へいかいした。

〔註三〕明治二十四年度ノ豫算 明治二十四年度の豫算案よさんあん提出當日とうじつ藏省ぞうしょう松方まつかた正義まさよし衆議院の如く演說えんぜつをした。

「諸君、明治二十四年度の歲計さいけい豫算よさんは、歲入さいにゅう豫算よさんに於いて本案ならびに追加案をあわせ、八千三百一まん四千餘圓よえん歲出さいしゅつ豫算よさんは八千三百七まん五千餘圓よえんにして、差引さしひき歲入さいにゅう歲出さいしゅつに超過すること三まん八千餘圓よえんなり。今これを前年度に比較すれば、歲入さいにゅうりて百九十五まん六千餘圓よえんを減じ、歲出さいしゅつりては百八十二まん七千餘圓よえんを減ぜり。次に追加豫算よさんについて述べんに、追加豫算よさんに於いては、軍艦製造費・鐵道てつどう建設費・電信新設費合計七百八十九まん餘圓よえん(軍艦製造費五百二十一萬餘圓)にして、これは二十四年度より向ふ五年間に支出し、鐵道てつどう建設費二百五十萬圓まんえんは、二十四年度・二十五年度の兩年度りょうねんどに支出し、電信新設置十八まん餘圓よえんは、二十四年度中に支出する見込にして、合計七百八十九まん餘圓よえんの金額を要する計算なり云々うんぬん

〔註四〕國務大臣 當時とうじ閣僚かくりょう山縣やまがた有朋ありとも(首相)・西郷さいごう從道つぐみち(內相)・大山いわお陸相)・山田顯義あきよし(法相)・陸奥む つ宗光むねみつ(農商務相)・靑木あおき周藏しゅうぞう(外相)・松方まつかた正義まさよし(藏相)・樺山かばやま資紀すけのり(海相)・芳川よしかわ顯正あきまさ(文相)・後藤ごとう象二郞しょうじろう(遞相)であつた。

〔注意〕本勅ほんちょくかんしては、(一)第一帝國ていこく議會ぎかい召集しょうしゅう詔勅しょうちょく(明治二十三年十月九日、官報)(二)第一帝國議會開會かいかい詔勅(明治二十三年十一月二十七日、官報)(三)第一帝國議會會期かいき延長ノ詔勅(明治二十四年二月二十六日、官報)(四)第一帝國議會閉院式ノ勅語ちょくご(明治二十四年三月八日、官報)及び第二かい以後の議會ぎかいに於ける諸詔勅しょうちょくがある。なほ次に兩院りょういん奉答文ほうとうぶんに記す。

(イ)貴族院 「しん貴族院議員誠恐せいきょう誠惶せいこうつつしみ叡聖えいせい文武ぶんぶ天皇陛下上奏じょうそうす。陛下聖德せいとくのぼり、大憲たいけん渙發かんぱつし、議會ぎかいを設け、衆思しゅうしあつめ、以てともとも國家こっか進運しんうん扶持ふ じせしむことを望みたまひ、今や兩院りょういん會同かいどうせしめ、親しく開院かいいん盛典せいてんげ、優渥ゆうあくなる勅旨ちょくしたまふ。臣等しんら區々く く微衷びちゅうもっぱ帝國ていこく隆昌りゅうしょうねがひ、あわせて臣民しんみん慶福けいふくいのる。あえ大憲たいけん條章じょうしょう恪遵かくじゅんし、所見しょけん啓瀝けいれきして、以て皇猷こうゆう賛襄さんじょうする所あるをせざらむや。臣等しんら恐懼きょうくいたりへず、つつしん上奏じょうそうす。」

(ロ)衆議院 「うやうやしくおもうに我が天皇陛下帝國ていこく議會ぎかい開院かいいん盛式せいしきげ、優渥ゆうあくなる聖詔せいしょうたまへり。臣等しんら感喜かんきいたりへず。臣等しんらこれより心力しんりょくつくして協賛きょうさんせめまっとうし、以て陛下の信任しんにんこたへ、以て國民の委託いたくむくいむとす。ここつつしん奉答ほうとうす。」

【大意謹述】ちんは今、第一帝國ていこく議會ぎかい開院式かいいんしきあたつて、貴族院及び衆議院議員の一同にたいして所感しょかんを告げる。

 ちん卽位そくい以來いらい二十年間に各種の事業を經營けいえい創始そうしして、國內こくないの政治にかんする諸方面の制度を大體だいたい基礎づけることが出來た。この上、ちんおおいに望む所は、御先祖ごせんぞ代々の後世にのこされた御德おんとくの力をかり、兩院りょういん議員と協力して、前代からいだものを一そう發達はったつさせてのちの模範とし、憲法の美しい本質を十分に發揚はつようする事だ。かくして今後益々ますます我が帝國ていこくの輝くいさおしと、我が臣民しんみん忠義ちゅうぎに厚く何物にも恐れないで勇ましく進む氣質きしつとを、國內こくない及び海外かいがいに明らかに示したい。

 ちんは又、早くから諸外國と交際を親しくし、通商つうしょう條約じょうやくを結びひろめ、わが國勢こくせいを四方に押しひろめることを考へてゐた。現在はさいわひ、條約じょうやくを結んだ各國との間にはねんねんと濃い平和なまじわりを加へてゆくやうになつててゐる。

 陸軍・海軍の軍備は、日本國內及び東洋の平和を安全に保つために、數年すうねん豫定よていで完全に充實じゅうじつさせることを目的としなければならない。

 明治二十四年度の豫算よさんに就いての各案、及び諸方面の法律案は、ちん國務こくむ大臣に命じて議會ぎかいに提出させ、各員かくいんの討議のもとに決定させることにした。ちん各員かくいんが感情にのみ動かされず、注意深い討論をて、十分に調査決定せんことを希望し、同時に本議會ほんぎかいが今後に好模範こうもはんとして語りがれる成績をげんことを望む。

【備考】帝國ていこく議會ぎかい開會かいかいあたり、貴族院議長には伊藤博文、副議長には東久世ひがしくぜ通禧みちとみ衆議院議長には中島なかじま信行のぶゆき、副議長には津田つ だ眞道まみち當選とうせんした。當時とうじは、民黨みんとう意氣込いきごみが非常にさかんで、下院かいん議員に當選とうせんした人々のうちには、人格識見しきけん共に優れたものが相當そうとうにあつた。またそれ程でなくとも、眞摯しんし熱誠ねっせいを以て國事こくじしようとする眞劔しんけんな態度を持つたものが多かつた。すなわち本質において、議員としてはずかしくない人々が多數たすうを占めてゐた。當時とうじ山縣やまがた首相が深く恐れたのは、以上の如く國士こくし面目めんもくしたものが相當そうとうそろつてゐて、薩長さっちょう藩閥はんばつの横暴を木葉こっぱ微塵みじんに叩き付けようと意氣い きんだからである。これを今日こんにちの下院議員にくらべるとどうか。誰も今昔こんじゃくかんなきをまい。今日こんにちは、下院議員のことを民間で「政黨屋せいとうや」と呼び、「議員さん」と呼ぶものは一人もない。政黨屋せいとうや!全く商賣化しょうばいかしたものとして世人せじんが頭から冷笑れいしょうを浴びせるのは何によるか。深い反省を要する。こと明治天皇たいして、恐れ多い事だと思ふ。本勅ほんちょく拜讀はいどくして、更生こうせいの一を歩め。