52 財政緊縮ニツイテノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

財政ざいせい緊縮きんしゅくニツイテノ勅語ちょくご(明治十三年五月 岩倉公實記)

【謹譯】ちんおもフニ、明治めいじ初年しょねん以來いらい國用こくよう多事た じナルヲもっテ、會計かいけい困難こんなんしょうシ、ついニ十三ねん今日こんにちいたリ、正貨せいか海外かいがい流出りゅうしゅつシ、したがっ紙幣しへいしんうしなフニいたル。よっ大隈おおくま參議さんぎヨリノ建策けんさくヲ一らんシ、また內閣ないかく諸省しょしょう意見いけんどう一ナラサルヲク。ちんもとヨリ會計かいけい容易よういナラサルヲルトいえども外債がいさいもっとも今日こんにち不可ふ かナルヲル。去年きょねん克蘭德グラントヨリこの外國債がいこくさい利害りがいおい藎言じんげんスルところアリ。其言そのげんなおみみリ。しかルニ今日こんにち會計かいけい困難こんなん目前もくぜんせまリタルうえハ、前途ぜんと目的もくてきさだムル勤儉きんけん主意しゅいすなわ此時このときリ。卿等けいらちんたいシ、勤儉きんけんもとトシテ、經濟けいざい方法ほうほうさだメ、內閣ないかく諸省しょしょう熟議じゅくぎシテこれそうセヨ。

【字句謹解】◯國用 政府の國事こくじのために用ふる費 ◯正貨 貴金屬ききんぞくから作られた本位ほんい貨幣かへい、通用の上では通貨であり、實價じっかてんでは硬貨であり、支拂しはらいてんでは、無制限むせいげん法貸ほうかしなるものを意味す ◯流出 流れ出る。〔註一〕參照 ◯建策 方法を立てて、上申じょうしんする事。〔註二〕參照 ◯外債 外國債がいこくさいのこと ◯克蘭德 米國べいこく前大統領、明治十二年日本に來朝らいちょう。〔註三〕參照 ◯藎言 盡言じんげんに同じ、包みかくさず思ふ所を十分に述べる ◯熟議 十分に意見を交換して相談を重ねる事。

〔註一〕流出 正貨せいか海外かいがいへ流出する事について『岩倉公いわくらこう實記じっき』にその大要をじょし、「初め元年戊辰つちのえたつ五月、始めて楮幣ちょへい發行はっこうせしより漸次ぜんじその流通の額を增加ぞうかし、十一年戊寅つちのえとら十二月に至り、一億一千九百八十まん四百七十五えんに達す。この巨額の不換ふかん楮幣ちょへいじつむを得ざる種々しゅじゅの事情により發行はっこうしたるものなり。(中略)國民こくみんの政府を信用するに及んで、楮幣ちょへい漸次ぜんじ流通の區域くいきひろめ、その發行はっこうの額また漸次ぜんじ增加ぞうかし、その市價し かただ正貨せいか竝立へいりつするのみならず、かえっこれを便利とするに至る。かくの如く楮幣ちょへい市價し か正貨せいか竝立へいりつし、低落ていらくおそれあらざりしといえども、その性質の不換ふかんなるがためすで外國がいこくとの貿易上にいちじるしき影響を及ぼし、輸入ゆにゅう輸出ゆしゅつの不平均にしたがひ、正貨せいか楮幣ちょへい驅逐くちくせられて、海外かいがいに流出することもっともおびただし」とある。

〔註二〕建策 以上のてん關連かんれんして、參議さんぎ大隈おおくま重信しげのぶ建策けんさくした。その事について『岩倉公いわくらこう實記じっき』には「十年丁丑ひのとうしとし鹿兒島かごしま征討費せいとうひ支辨しべんため楮幣ちょへい二千七百萬圓まんえん發行はっこうし、その流通の額、俄然がぜん增加ぞうかするを以て、その市價し かまた漸次ぜんじ低落ていらくに傾けり。今茲ことし庚辰かのえたつ三月に於て、楮幣ちょへいえん四十三せんりんを以つてするにらざれば、銀貨ぎんかえんと交換することあたはざるに至れり。ここおい外債がいさいつのり、これつぐなふのおこる」とあり、更に「明治十三年庚辰かのえたつ五月、參議さんぎ大隈おおくま重信しげのぶ楮幣ちょへい市價し か低落ていらくするを以て、外債がいさい五千萬圓まんえんつのりて楮幣ちょへい兌換だかん原資げんしてんと建言けんげんす。大臣・參議さんぎ省卿しょうきょうこれ審議しんぎし決せず、遂に宸斷しんだんあおぐ」とある。

〔註三〕克蘭德 外國債がいこくさいつのる事について、グラントが、明治十二年八月、離宮はまりきゅうで、明治天皇拜謁はいえつした時、御下問ごかもん奉答ほうとうした際、申上もうしあぐる所があつた。その事について、『岩倉公いわくらこう實記じっき』にグラントの意をつたへ、「(グラント)がいだく所のいま一の意見は外債がいさいの一なり。およそ一こくに於て避くべきものは外債がいさいぐるものなし。陛下の他人より金を借りて、其極そのきょく任意にこれ辨償べんしょうあたはざるものを見ずや。じつ憫然びんぜんたる無力者にしていたずら債主さいしゅ奴隷どれいたるをまぬがれず。まこと卑屈ひくつかれが如きものは、又にあらざるなり。一個人にしてなおかくの如し。いわんや一こくをや。まこと埃及エジプト西班牙スペインあるい土耳斯ト ル コよ、その憫然びんぜんたる狀態じょうたい思ふべきなり。れ一こく鴻益こうえきとなるべきものはいずれも抵當ていとうとなし、其極そのきょく今日こんにちいたりては、その自國じこくの所有としょうすべきものは全くはらひたり。(中略)西班牙スペインに於ては、無益むえき外債がいさいおこしたる弊害へいがいは各種の內國稅ないこくぜいを非常に增加ぞうかするに至れり。加ふるに、該國がいこくに於てしょ收稅官吏しゅうぜいかんりかん賄賂わいろさかんに行はれ、おしむべし、有力にしてかつ國產こくさんみたる良國りょうこくこれがためにようや衰頽すいたいするのじょうあり」と記してゐる。明治天皇は、グラントの進言しんげんありとせられ、外債がいさいつのることをとされた。それゆえ、「外債がいさいもっとも今日こんにちニ不可ナルヲ知ル。去年克蘭德グラントヨリこの外國債がいこくさいノ利害ニ於テ藎言じんげんスル所アリ。其言そのげんなお耳ニリ」とおおせられたのである。

【大意謹述】思ふに、明治初年以來、國費こくひ却々なかなかつたので財政上に非常な困難を生じ、十三年の今日こんにちに至つた。近時きんじ正貨せいか續々ぞくぞく海外かいがいに流れ出て、日本政府の紙幣についての信用が失はれるやうになつたことは、おおいなる遺憾いかんである。よっ大隈おおくま參議さんぎから、外債がいさい募集の建議けんぎに接して、これを一らんし、ちんもいろいろ考へて見た。また內閣諸省しょしょうおもなる役人が、右についていだく意見が區々まちまちわかれ、一する所がないことをも聞いた。今日こんにちの財政難を整理するのは、却々なかなかむづかしい事にちがひないから、當局とうきょく役人の苦心も十分に察するが、何とつても、外債がいさい募集のことは斷然だんぜんくないと思ふ。昨年、アメリカの前大統領グラントとつた時、れから外債がいさい募集の利害を聞き、ことにその害の多いことを知つた。このてんについてグラントは、十分にれの意見を述べたので、今もそのせつが耳にのこつてゐるやうながする。したがつて、外債がいさい募集をやめるとすると、會計かいけいの困難がの前に迫つた今、勤儉きんけんを守つてゆくのが、將來しょうらいとなるであらうと信ずる。なんじらは、勤儉きんけんを基本として、經濟けいざいの方針を定めるがい。それについて、內閣諸省しょしょうが十分の打合せを行ひ、とく審議しんぎした結果をちん奏上そうじょうするやう取計とりはからへ。