47 琉球藩王ヲ封スルノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

琉球りゅうきゅう藩王はんおうほうスルノ勅語ちょくご(明治五年九月十四日 太政官日誌)

【謹譯】ちん上天じょうてん景命けいめいあたリ、萬世ばんせいけい帝祚ていそキ、はるかニ四かいたもチ、八こう君臨くんりんス。いま琉球りゅうきゅうちか南服なんぷくリ。氣類きるいあいおなじク、言文げんぶんことナルナク、世々よ よ薩摩さつま附庸ふようタリ。しかシテなんじ尙泰しょうたい勤誠きんせいいたス。よろし顯爵けんしゃくあたフヘシ。のぼシテ琉球りゅうきゅう藩主はんしゅシ、じょシテ華族かぞくれっス。ああなんじ尙泰しょうたい藩屏はんぺいにんおもんシ、衆庶しゅうしょうえチ、せつちんたいシテ、なが皇室こうしつタレ。つつしよや

【字句謹解】◯琉球 薩摩さつまの南方にある群島の總稱そうしょうで、西は福建州ふっけんしゅう・西南は臺灣島たいわんとう・東西は太平洋につらなつてゐる。本島は沖繩島おきなわとうである。〔註一〕參照 ◯上天ノ景命ニ膺リ 高天原たかまのはらにまします天照大御神あまてらすおおみかみ勅命ちょくめいを受けての意。景命けいめいとは大命たいめい大きくあきらかな勅命ちょくめいのことである ◯帝祚 皇位こういの事 ◯奄ニ四海ヲ有チ 日本全國を所有する意。四かいは全世界のことであるが、この場合は全日本のことになる ◯八荒ニ君臨ス 八こうはこれも全世界のこと。日本にきみとして臨む意 ◯南服ニ在リ 南方にあつて日本と近く存在する ◯氣類相同ク 陰陽いんようの調和が等しい。つまり氣候きこう產物さんぶつが同じ ◯文殊ナルナク 言語・風俗が相違そういしてゐない意、ぶんしつたいしたもので、萬事ばんじかざりをいふ ◯附庸 しんとしての資格で奉仕する者 ◯勤誠ヲ致ス 忠實ちゅうじつしたがつた。みことのりにはかくあるが事實じじつ琉球りゅうきゅう日支にっし兩屬りょうぞくの姿でゐた事がある ◯顯爵 名譽めいよある爵位しゃくい ◯藩屏 皇室を守護するもの ◯皇室ニ輔タレ 皇室を助けよ ◯欽メ哉 この句は大體だいたい書經しょきょう』にある形式にったので、「つつしよや」はすなわちそれである。「つつしよや」は「うやうやしくつつしんでつとめよ」といふ程の意。

〔註一〕琉球りゅうきゅう群島ぐんとうと我が國との最初の交渉は、推古すいこ天皇二十年に掖玖や くじん歸化き かしたことに始まる。その後史上しじょうに有名なのは源爲朝みなもとのためもと琉球りゅうきゅう征伐せいばつで、しゅん天王てんおう英祖王えいそおう山南王さんなんおう山北王さんほくおう中山王ちゅうさんおう巴志は しおう尙氏しょうしが立ち、江戸時代には薩藩さつまぞくしつつも形式上ははん獨立國どくりつこくあるい日支にっし兩屬りょうぞくの姿をしてゐた。ゆえ嘉永かえい六年に我が太平の夢を驚かせたペリイは琉球りゅうきゅう和親わしん條約じょうやく締結ていけつし、フランス・オランダも同樣どうよう條約じょうやく締結ていけつのことがあつた。明治維新いしん後は四年に薩摩さつま所轄しょかつを離れて鹿兒島かごしまけんぞくせしめ、五年九月には本勅ほんちょくによつて一おあんとしての面目めんもくたもたしめ、尙泰しょうたい藩主はんしゅとして華族かぞくの列に加へた。かつてアメリカ・フランス・オランダと締結ていけつした條約じょうやくは、政府の約條やくじょうとして外務省が管理する事になつた。八年には淸國しんこくへの入貢にゅうこうを禁じ、十二年にははんはいして沖繩縣おきなわけんとし、尙泰しょうたいに上京を命じて、けん知事を派遣し、これを統治させた。

〔注意〕琉球りゅうきゅうかんしては本勅ほんちょく以外に、

(一)琉球りゅうきゅう藩王はんおう尙泰しょうたいニ下シ給ヘル勅語ちょくご(明治五年九月十四日、太政官日誌)(二)琉球藩りゅうきゅうはん使臣ししんニ下シ給ヘル勅語(明治五年九月十四日、太政官日誌)(三)琉球藩りゅうきゅうはんはい藩主はんしゅヲ東京ニ移サシムルノ勅語(明治十二年三月八日、岩倉公實記)がある。

【大意謹述】ちん高天原たかまのはらにまします天照大御神あまてらすおおみかみ大命たいめいを受けて、萬世ばんせいけい皇位こういき、日本全土を所有して、八方の隅々すみずみまでをもしたしく統治してゐる。今、みことのりを下す琉球りゅうきゅうは、我が南方の海上かいじょう近くに存在し、氣候きこう產物さんぶつも同じで、言語・風俗などもことならない。代々薩摩さつま島津しまづ家に臣屬しんぞくし、王政おうせい復古ふっこの時代となつてからはなんじ尙泰しょうたいは新政府にたいして忠實ちゅうじつしたがつたので、名譽めいよある榮爵えいしゃくさずけたいと思ふ。よって今、琉球りゅうきゅう鹿兒島かごしま縣下けんかから獨立どくりつさせて一ぱんとし、なんじ藩主はんしゅの地位に就け、華族かぞくの列に加へることにした。ああ尙泰しょうたいよ。今後は朝廷の守護としての責任を重んじ、國民の上に立つて、ちん精神せいしんを十分に理解し、永久に皇室に忠誠ちゅうせいであつてほしい。うやうやしくつつしみてつとめよ。

【備考】琉球りゅうきゅうは日本に取つて、國防上こくぼうじょう重要な地點ちてんで、アメリカの如きは東洋に於ける根據地こんきょちとして、これを占領しようとくわだてたことさへあつた。ひとり、アメリカのみならず、イギリスその他も、この地に向つて、野心をいだいたのである。以上の意味で、琉球りゅうきゅうを日本治下ち かに置くことは、國防上こくぼうじょう最も必要なことだつた。明治の政府はここに考へ及び、琉球りゅうきゅう國主こくしゅ招撫しょうぶして、完全に日本の所屬しょぞくとしたのである。