37 政治始ニ下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

政治せいじはじめくだたまヘル勅語ちょくご(明治二年正月 太政官日誌)

【謹譯】ちんおもんミルニ、在昔むかし神皇じんこうもちはじメシヨリ、列聖れっせいあいもっちんおよフ。ちん否德ひとく夙夜しゅくや競業きょうぎょう先皇せんこうちょおとサンことこれおそル。曩者のうしゃ兇賊きょうぞくめいこうシ、億兆おくちょう塗炭とたんくるシム。さいわいなんじかん將士しょうしちからリ、すみやか戡定かんていこうそうシ、萬姓ばんせいやすんスルニいたル。いま茲歳このとし己巳き み三元さんげん啓端けいたんリ。上下じょうげまたやすク、遠邇えんじ來賀らいがス。ちんなんよろこびこれくわヘン。おもフニ天道てんどうつねク、一らんうちやすケレハ、かならずそとれいアリ。戒愼かいしんセサルヘケンヤ。ちんますます祖業そぎょう恢弘かいこうシ、のべ中外ちゅうがいこうむラシメ、もっなが先皇せんこう威德いとく宣揚せんようセンこと庶幾しょきス。なんじかん將士しょうし勉勵べんれいおこたラス、おのおのそのしょくつくシ、あえ忌憚きたんナク、ちん闕漏けつろう匡救きょうきゅうセヨ。なんじかん將士しょうしこれつとメヨ。

【字句謹解】◯神皇 天照大御神あまてらすおおみかみ及び神武じんむ天皇 ◯列聖 歷代れきだい天子てんし ◯逮フ 及ぶに同じ ◯否德 とくのない意味、謙遜けんそんしておおせられたのである ◯夙夜 朝晩 ◯競業 つつしみおそるる形容 ◯先皇 主として孝明こうめい天皇御事おんことであるが、御祖先ごそせんの意を含む ◯ のこされた天業てんぎょう ◯曩者 さきの日 ◯兇賊 舊幕軍きゅうばくぐんの事 ◯梗シ こうしに同じ ◯億兆 萬民ばんみんに同じ ◯塗炭 は泥、たんは火、水火すいかの苦しみ ◯戡定 平定へいていに同じ ◯萬姓 國民の義 ◯己巳 つちのとみどし ◯三元 正月のこと ◯啓端 元旦の事 ◯遠邇 遠いところ、近いところ。〔註一〕參照 ◯天道 天然自然に行はるる世の推移 ◯戒愼 いましめつつしむ ◯祖業 天壤てんじょう無窮むきゅう皇運こううんさかんにし、道義どうぎ建國けんこくの理想を實現じつげんする偉業いぎょう ◯恢弘 さかんにひろむ ◯庶幾 希望する ◯忌憚 おそはばかる ◯闕漏 缺點けってんに同じ ◯匡救 ただし救ふ。ここではおぎなふ意。

〔註一〕遠邇 明治元年、西洋と交際を開く方針がぼ定つたので、「百かん諸藩しょはん公議こうぎにより、古今の得失と萬國ばんこく交際のよろしき折衷せっちゅうせられ、今般こんぱん外國公使入京にゅうきょう參朝さんちょうおおせ付けられそうろう」とふ旨を布達ふたつした。同年三月、フランス公使レヲン・ロツシユ、オランダ總領事そうりょうじスル・クラフ・フアン・ボズスボルスブロツク及びイギリス公使パアクスらに向ひ謁見えっけんを許された。この時、パアクスだけは參內さんだいの途中、刺客せっかくつたので、少し後になつて、改めて明治天皇拜謁はいえつした。ここにある遠邇えんじえんは外國のことで、遠い國の公使らも朝賀ちょうがれっしたことを意味する。來賀らいがは以上の意味を含む。ここに至つて、日本の開國かいこく方針は確立した。

【大意謹述】思ふに、大昔、天照大御神あまてらすおおみかみ神武じんむ天皇御力みちからによつて、日本の國を建て、もといを作られて以來いらい歷代れきだい天皇天業てんぎょうたまひ、かくして今、ちんの時代に及んだが、朕は何分なにぶん不肖ふしょうの身であるから、ても、さめてもつつしみ恐れて、御祖先ごそせんこと孝明こうめい天皇のこされた御事業をまっとうし得ない事があつてはまぬと只管ひたすら恐懼きょうくしてゐる。先般せんぱんきゅう幕府軍が皇室に反抗して、たたかひが起つたとき、萬民ばんみんは、內亂ないらんのため、水攻め火攻めの苦みをめたが、さいわ汝等なんじら文武ぶんぶかんの力により、早く賊軍ぞくぐんたいらげることが出來て、國民一同は始めて安心するやうになつたのである。今年は、己巳つちのとみあたり、今ちんは正月元旦をここに迎へた。上下共に安堵あんどして遠い國のものも、近い國のものも、ひとしく、朝廷に伺候しこうして、賀辭が じを述べ、これ以上の喜びはない。

 ただひるがえつて考へて見ると、天道てんどうはいつも、おのづから、し移つて、世の中のことは、一定されてをらぬ。一あれば、一らんありといふ具合で、國內が安全でも、今度は外患がいかんがある場合に出逢で あふことが珍しくない。このてんは十分いましつつしまねばならぬ。ちんはかくつつしみつつ、御祖先ごそせん天業てんぎょうひろめ、皇道こうどううみの內外につたへ、將來しょうらい永く御祖先ごそせん始め孝明こうめい天皇御稜威み い ず發揚はつようしたいと思ふ。なんじ文武ぶんぶかんはこの旨をたいして、各自、分擔ぶんたんせる職務を勉强べんきょうし、つ少しも、はばかることなく、ちん缺點けってんについて直言ちょくげんし、及ばぬところをおぎなふやう心がけてほしい。ここにその努力を要望する。

【備考】王政おうせい復古ふっこ第二年の初頭にあたり、明治天皇が、文武ぶんぶかん叡旨えいしつたへて、內政外交の振肅しんしゅくを命ぜられたことは、いかにも、新日本の好望こうぼう豫言よげんせられたやうに感ぜられる。政治はじめ御儀おんぎにおいて、かく緊張した大精神だいせいしん發揚はつようせられたことは、丁度ちょうど、初日の出が東天とうてんにさし登つて、金光こんこうを四しゃしたほがらかさのやうに思はれる。文武ぶんぶかん每年まいねん初頭に必ず潔齋けっさいして本勅ほんちょく拜誦はいしょうし、深く自省じせいしなければならぬ。昭和維新いしんに直面せる國民もまた當年とうねんしのんで奮發ふんぱつしなければならぬ。