35-4 重大時機に當り三策を群臣に諮詢するの詔 孝明天皇(第百二十一代)

重大時機じゅうだいじきあたり三さく群臣ぐんしん諮詢しじゅんするのみことのり(第四段)(文久二年五月 孝明天皇紀)

夫大樹猶弱、何失之有。但幕吏因循偷安、撫馭失術。如是則國家傾覆、可立而待也。朕日憂懼焉。所謂偷一日之安、忘百年之患、聖賢之遺訓可鑑矣。當內修文德、外備武衞、斷然建攘夷之功。於是斟酌衆議、執守中道、欲使德川興祖先之功業、張天下之綱紀。因策三事。

【謹譯】大樹たいじゅわかし、なんあやまちれあらん。幕吏ばくり因循いんじゅんにしてやすきぬすみ、撫馭ぶぎょすべうしなへり。かくごとくなればすなわ國家こっか傾覆けいふくたちどころにつべきなり。ちんうれおそる。所謂いわゆるじつやすきぬすみ、百ねんうれいわする、聖賢せいけん遺訓いくんかんがみるべし。まさうち文德ぶんとくおさめ、そと武衞ぶえいそなへ、斷然だんぜん攘夷じょういこうつべきなり。ここいて衆議しゅうぎ斟酌しんしゃくし、中道ちゅうどう執守しゅうしゅし、德川とくがわをして祖先そせん功業こうぎょうおこし、天下てんか綱紀こうきらしめんとほっす。りて三さくせり。

【字句謹解】◯大樹猶ほ弱し 將軍しょうぐんは未だ年齡ねんれいが若い。德川とくがわ家茂いえもち弘化こうか三年の出生しゅっしょうであるから、本詔ほんしょうはっせられた文化ぶんか二年にはわずか十七歳であつた ◯因循 時世じせいの動きを知らないで過去の風習通りで萬事ばんじやり通し、一歩もそれからだっする方法を知らないこと ◯安を偷み 目の前の無事だけを考へて遠慮のないこと ◯撫馭術を失ふ 國政こくせい方面に良法を得ない。撫馭ぶぎょは國民を支配すること ◯國家の傾覆 我が國家が次第にいきおいを失ひ、遂に他國にほろぼされる意 ◯立どころに待つべきなり 間もなく起るに相違そういないとの意 ◯一日の安を偷み云々 一日だけの無事を願つて、それがために百年後の大難たいなんきたすのを忘れてゐる ◯遺訓 後世にのこした敎戒きょうかい ◯鑑みるべし 前者の例からのちのいましめにしなければならない ◯文德を修め 文化方面の設備をよくすること ◯衆議を斟酌し みなの意見を參照さんしょうする意 ◯中道を執守し 中庸ちゅうようの道を中心として守ること ◯天下の綱紀を張らしめん 天下國政こくせいの根本を振興しんこうさせる。

【大意謹述】現在の將軍しょうぐんは未だ若年じゃくねんであるから、れには何の落度おちどもない。ただ問題となるのは現在の幕府の役人が時勢じせいの動きを知らず、目前の無事のみを願つて、國治こくじ良法りょうほうを知らない上にある。將來しょうらいもこれを改めなければ國家が次第にいきおいを失ひ、他國のためにほろぼされるのも決して遠いことではあるまい。ちんは日々幕府の現狀げんじょう心痛しんつうし、我が國家の將來しょうらいおそれてゐる。「その日だけの無事を望んで、百年後の大難たいなんを全然忘れてゐる」と昔の聖賢せいけんは後世にいましめのげんのこされた。現在の幕府の役人はまさにそれをおこなつてゐる。聖賢せいけんのこしたおしえを生きた事實じじつとして今考へる必要があらう。ゆえちんは、幕府がどうしてもうちに文化的な設備を十分にし、そとに申し分のない武備ぶ びをつくして、思ひ切りよく率先して外夷がいい排斥はいせき實行じっこう運動を行はなければならないと思ふ。

 ちんは今、各人かくじんの意見を參照さんしょうして、過不及かふきゅうのない中庸ちゅうようの道を基礎とし、今の德川とくがわ氏をして先祖せんぞしたと同種のこうを立てさせ、政治の根本を確立させようと考へる。この目的のもとに次の三じょう諮詢しじゅんする。