31 窮貧者に給復するの勅 仁明天皇(第五十四代)

窮貧者きゅうひんしゃ給復きゅうふくするのみことのり(承和五年四月 續日本後紀

筑前筑後肥前豐後等五箇國、頻年遭疫、死亡者半。蘇息之輩、旣疲造舶。就中擇窮貧者、給復一年。

【謹譯】筑前ちくぜん筑後ちくご肥前ひぜん豐後ぶんごとうの五箇國かこく頻年ひんねんえきひ、死亡者しぼうしゃなかばす。蘇息そそくはいすで造舶ぞうはくつかる。なか窮貧者きゅうひんしゃえらびて、一ねん給復きゅうふくせん。

【字句謹解】◯筑前 今の福岡縣ふくおかけんの一部 ◯肥前 今の佐賀けん及び長崎けんの一部 ◯豐後 今の大分けんの一部 ◯頻年 年每としごとにの意、しきりにつづくこと ◯疫に遭ひ 流行病に苦しむこと ◯蘇息の輩 病氣びょうき恢復かいふくした人々 ◯造舶に疲る 身體からだが弱くなつてゐて船を造り得ない ◯一年を給復せん 一年分の稅金ぜいきん賦役ぶえき免除めんじょすること。

〔注意〕詔勅しょうちょくにあらはれた仁明にんみょう天皇御仁慈ごじんじは次の如くはいせられる。

(一)貧民ひんみん優恤ゆうじゅつみことのり(天長十年四月、續日本後紀)(二)恩赦おんしゃの詔(天長十年六月、續日本後紀)(三)糴糶てきとうおこなふの詔(天長十年十二月、續日本後紀)(四)大和國やまとのくにもうしいでにより富豪ふごうざい窮民きゅうみん借貸たいしゃくするのみことのり(承和七年二月、類聚國史)(五)儉約けんやくの勅(承和七年三月、續日本後紀)(六)服御ふくぎょ常膳じょうぜん省減せいげんし百せい賑贍しんせんするの詔(承和七年六月、續日本後紀)(七)旱嘆かんたん賑恤しんじゅつの詔(承和八年三月、續日本後紀

以上は代表的なものだけをげたに過ぎない。

【大意謹述】筑前ちくぜん筑後ちくご肥前ひぜん豐後ぶんごなどの五こくは近年、年每としごと惡病あくびょうが流行し、約半數はんすうは死亡する有樣ありさである。さいわい恢復かいふくした者・健康な人々もその正業せいぎょうである造船の仕事に從事じゅうじ出來ない程身體からだが疲れ、精神せいしんが疲れ切つてゐる。ゆえ今囘こんかい、その中でも特に經濟けいざい方面に苦しんでゐる者にたいして、一年間の稅金ぜいきん賦役ぶえき免除めんじょすることにした。