29 灌漑の偏頗を禁ずるの制 嵯峨天皇(第五十二代)

灌漑かんがい偏頗へんぽきんずるのせい(弘仁二十三年七月 類聚國史)

頃日炎旱渉旬、田苗枯損。夫引水漑田、皆從下始。灌漑之事、先貧後富。是則法令立文、時制所明。人情暴慢、猶犯典禮、漑用偏頗、爭訴良繁。宜重下知、特加禁制。

【謹譯】頃日このごろ炎旱えんかんじゅんわたり、田苗でんびょう枯損こそんす。みずうるおすには、みなしもよりはじむ。灌漑かんがいことひんさきにし、とみあとにす。すなわ法令文ほうれいぶんて、時制じせいあきらかなるところなるに、人情にんじょう暴慢ぼうまんにして、典禮てんれいおかし、うるおすに偏頗へんぽもちゐ、爭訴そうそまことしげし。よろしくおも下知げ ちして、とく禁制きんせいくわふべし。

【字句謹解】◯炎旱旬に渉り じゅんは十日間のこと。すうにちも雨が少しも降らない意 ◯田苗枯損す 田に植ゑた苗が皆枯れてしまふ ◯下より始む 社會しゃかい的に下の身分の者から先にする ◯灌漑 田に水を引いて農作物を培養ばいようすること ◯法令文を立て 法文ほうぶんに詳しく記してある所 ◯時制明らか 時勢じせいおうじた方法として誰も疑はないものである ◯人情暴慢 風俗・習慣のてんから人情にそむかみを恐れず、國法こくほう輕視けいしする意 ◯典禮を犯し 法文ほうぶんに禁じてあることをおこなふ ◯偏頗を用ゐ 不公平にすること、すなわ富者ふしゃに重く貧者ひんじゃかるくする意 ◯爭訴 その不平を裁判沙汰ざ たにする ◯良に繁し 非常にかず多くある。

【大意謹述】近頃は日々、上天氣じょうてんきすうにちつづき、田に植ゑられた苗が全部枯れ損じたとのことである。一たい田に不足な水を引いて農作物を培養ばいようするのは、社會しゃかい的にしもくらいする者共ものどもから始めるのが至當しとうで、貧者ひんじゃを先に、富者ふしゃを後にせよとの規定は明らか法文ほうぶんにも記してあり、時におうじた方法として誰も疑ふ餘地よ ちはない。それにもかかわらず、一般の風俗・人情はかみを恐れず國法こくほう輕視けいしして、國禁こっきんを犯して富者ふしゃを先にする不公平を行ふために、裁判沙汰ざ たすこぶる多い。ゆえにここに重くめいを下し、特に犯す者に嚴罰げんばつを加へるであらう。

【備考】日本にっぽんの皇室におかせられて、常にプロレタリアに同情を注がれたことは、本勅ほんちょくによるも、明白である。旱魃かんばつあたり、田へ水を注ぐには、める者の田へ注ぐのを後𢌞あとまわしとし、その日ぐらしのプロレタリアの田へ第一番に水を注ぎ入れるべきむねおおいだされてゐる。地方民は、この御心みこころ奉戴ほうたいすべきにかかわらず、よくとらはれたものはめる人々にび、第一番にこの方面の田へ水を注ぐ事とした。これ天皇におかせられて、最も不當ふとう思召おぼしめされたてんである。ゆえ本勅ほんちょくはプロレタリアへの同情を徹底し、彼等の困窮こんきゅうを救ふためにはっせられたのである。

 けだ當時とうじの形勢を見ると、經濟けいざい上において苦痛を重ねたのは皇室と庶民とであつた。その中間にゐる王臣おうしん・地方の國司こくし豪族ごうぞくらは思ふまま豪奢ごうしゃな生活をし、富力ふりょくを占有したのである。皇室にも相當そうとう美田びでんを有せられたが親王しんのう諸王しょおうかずえる一方なので、莫大の費用を要し、むなく、諸王に臣姓しんせいあたへて朝臣ちょうしんとならしめ、あるい親王を地方官とするの方法を執られた。嵯峨さ が天皇弘仁こうにん五年に、皇子おうじまことひろしときわあきらの四人に源姓みなもとせいあたへられたのは以上の事情による。また皇室におかせられては、國富こくふ增進ぞうしんのため產業さんぎょう振興しんこうに力を入れられ、桓武かんむ天皇以來いらい、いろいろ奬勵しょうれいされたけれども、庶民の多くが無智む ちめに、その結果が思はしくなかつた。したがつて、中央政府のもとにゐる王臣おうしんの主要なものと地方の國司こくし豪族ごうぞくらのみがみ、政權せいけん追求ついきゅう餘念よねんもなかつた。かうした時代に於ける貧農ひんのうは容易に救はれない。嵯峨さ が天皇大御心おおみこころろうせられた所以ゆえん拜察はいさつさるるのである。