27 三關を停廢するの勅 桓武天皇(第五十代)

かん停廢ていはいするのみことのり(延曆八年七月 續日本紀

置關之設、本備非常。今正朔所施、區宇無外、徒設關險勿用防禦。遂使中外隔絕、旣失通利之便。公私往來、每致稽留之苦、無益時務、有切民憂。思革前弊、以適變通、宜其三國之關一切停廢、所有兵器粮糒、運收於國府、自外舘舍移建於便都矣。

【謹譯】せきくのもうけ非常ひじょうそなふなり。いま正朔せいさくほどこところ區宇く うはずるるなく、いたずらに關險かんけんもうけて防禦ぼうぎょもちふるなし。つい中外ちゅうがい隔絕かくぜつせしめ、すでつうずるの便べんうしなふ。公私こうし往來おうらいつね稽留けいりゅういたし、時務じ むえきなく、民憂みんゆうせつなるものあり。おもふに前弊ぜんへいあらため、もっ變通へんつうてきせんには、よろしくの三ごくせきを一さい停廢ていはいし、ゆうするところ兵器へいき粮糒りょうび國府こくふ運收うんしゅうし、自外じがい舘舍かんしゃ便都べんとうつつべし。

【字句謹解】◯本と非常に備ふ 關所せきしょを設ける根本原因は、國家こっか非常ひじょうの際に敵軍の侵入を防ぐためである ◯正朔の施す所 皇威こういの及ぶ所の意。支那し な古代に於いては帝王は曆書れきしょ發行はっこうし、その帝王にしたがつた諸侯しょこうがそのこよみの配布を受けて守つた。それが形式だけとなり、諸侯しょこう每年まいねん帝王の御前ごぜんあつまつて正しい曆本れきほんを受取ると、ただちに祖先そせんびょううちに入れてまつつた。正朔せいさくとは、その帝王が授けるこよみのこと ◯區宇外なく 天下にこれ以外、こよみを使用せぬ場所がないとの意で、日本にっぽん全國ぜんこくが全く皇威こうい服從ふくじゅうしてゐること ◯關險 險阻けんそな場所に設ける關所せきしょ ◯中外を隔絕せしめ 畿內きない畿外きがいの間にすべての交通を禁ずることだから兩者りょうしゃは非常なへだたりが生ずる ◯利を通ずる 利益りえきを通じふ ◯稽留の苦 關所せきしょめられて無駄な時間を勞費ろうひすること ◯時務に益なく 時勢じせいともなつて生ずる各種のきゅうを要する場合に少しもえきがない ◯民憂に切なるものあり 國民はじつにこれを氣苦勞きぐろうにしてゐる ◯變通 時代におうじて制度を改めること ◯三國の關 普通には伊勢い せ鈴鹿すずか美濃み の不破ふ わ越前えちぜん愛發あらちを三かんといふがこの場合は愛發あらちを除いて近江おうみ相坂おうさかを加へたのである ◯停廢 關所せきしょはいする意。〔註一〕參照 ◯粮糒 兵糧ひょうりょうのこと ◯國府 國司こくしの居る場所 ◯便都 移轉いてんに便利な都。

〔註一〕關所の停廢 これについて一せつ表面から本勅ほんちょくはいすると、三かん停廢ていはいしたのは天下太平であるからとのことになるが、じつは天下が不穩ふおんであるからとどめられたのであらう。元來がんらい關所せきしょは多く內亂ないらん鎭定ちんていし、外敵を防ぐ目的から建てられたのであるから、武器兵粮ひょうりょうの多量を備へてゐる。ゆえ內亂ないらん主謀者しゅぼうしゃ往々おうおうこの關所せきしょの兵器を使用した。我國わがくにに於ける藤原ふじわら仲麻呂なかまろとうに於ける安祿山あんろくさんなどはこの例である。ゆえに朝廷ではせきはいして武器・兵粮ひょうりょうを分散し、この種の內亂者ないらんしゃ根絕こんぜつしようとされたのであらうとふ。ところが今一せつには「關所せきしょを置くとそのけんたのかえっ防禦ぼうぎょおこたるからこれをやめたのである」と主張してゐる。參考迄さんこうまでに記して置く。

【大意謹述】諸國しょこく關所せきしょを置く根本の理由は元々國家こっかの非常時に際して、外敵をふせぐためである。しかるに現在では皇威こうい國中くにじゅうに伸び、險阻けんそな場所に關所せきしょを設けても、防禦用ぼうぎょようには少しもならない。利益りえきにならないばかりではなくそれが存在するので畿內きない畿外きがいとの直接交渉がなくなり、便利さを通じ合ふことが不可能となり、公用・私用でそこを往來おうらいする人々が常に長い間められて無駄に時を浪費する。結局今はは少しもなく、國民の氣苦勞きぐろうのみをさせてゐる。ゆえちんはこのてんを考慮し、過去に設けられた制度を改め、時勢じせいと共にへんずることにしたいと考へる。つて今度、天下の三かんしょうされてゐる伊勢い せ鈴鹿すずか美濃み の不破ふ わ近江おうみ相坂おうさかすべてをめ、そこにある兵器及び兵粮ひょうろう國司こくしの居る場所に運漕うんそうし、そのの役所などの建造物を便利な都に移轉いてんさせるやうに命ずる。

【備考】關所せきしょ停廢ていはいに就ては、ちゅうの中に各せつを記して置いたが、要するに種々しゅじゅの利害を考察して、これをやめる方が政治・經濟けいざい上に都合がよいと見た上で、斷行だんこうせられたものと拜察はいさつする。英武えいぶ桓武かんむ天皇治下ち かでは、關所せきしょけんたのまなくとも、內亂ないらん者をおさへ付けるに十分な威力が備つてゐた。これも關所せきしょをやめられた一因にかぞへてよいと思ふ。