21-7 皇太子を廢するの勅 孝謙天皇(第四十六代)

皇太子こうたいしはいするのみことのり(第七段)(天平寶字元年四月 續日本紀

天下鰥寡孤獨・篤疾・癈疾、不能自存者、量加賑恤。其高麗・百濟・新羅人等、久慕聖化、來附我俗、志願給姓、悉聽許之。其戸籍記、无姓及族宇、於理不穩。宜爲改正。又東大寺匠丁・造山陵司・役夫、及左右京・四畿內、伊賀・尾張・近江・丹波・但馬・播磨・美作・備前紀伊等國兵士、幷防人・鎭兵・衞士・火頭・仕丁・鼓吹戸人・輸車戸頭、竝免今年田租。

【謹譯】天下てんか鰥寡かんか孤獨こどく篤疾とくしつ癈疾はいしつみずかそんするあたはざるものは、はかりて賑恤しんじゅつくわふ。高麗こ ま百濟くだら新羅しらぎじんたちひさしく聖化せいかしたひ、きたつてぞくし、せいたまわらんこと志願しがんすれば、ことごとこれ聽許ゆ るさん。戸籍こせきに、せいおよ族字ぞくじなきは、いておだやかならず。よろしく改正かいせいをなすべし。また東大寺とうだいじ匠丁しょうてい造山陵司みささぎをつくるつかさ役夫えきふおよ左右京さゆうきょう・四畿內きない伊賀い が尾張おわり近江おうみ丹波たんば但馬たじま播磨はりま美作みまさか備前びぜん紀伊き いなどくに兵士へいしならび防人さきもり鎭兵ちんぺい衞士え じ火頭かとう仕丁しちょう鼓吹戸人つつみのへびと輸車戸頭てぐるまのへのかみは、ならび今年ことし田租でんそめんぜん。

【字句謹解】◯鰥寡孤獨 たよりにする親しい者が居ない人々のこと、かんは妻をうしなつた者、は夫を失つた妻、兩親りょうしんを失つたどく老いて子供のない男女の意 ◯篤疾 病の重い人 ◯癈疾 病氣びょうきその他の事故で、片輪かたわとなつた人 ◯自ら存する能はざる者 自身で生計を立てることが出來ない者 ◯賑恤 經濟けいざい上の援助 ◯久しく聖化を慕ひ 長い間朝廷の恩德おんとくを受けること ◯來つて我が俗に附し 朝廷の恩德おんとくに感じて歸化き かする者 ◯東大寺の匠丁 東大寺の建築工 ◯左右京 奈良は行政上左京さきょう右京うきょうとに區別くべつされてゐたからいふ ◯四畿內 大和やまと河內かわち和泉いずみ攝津せっつの意 ◯火頭 消火夫しょうかふかしら ◯鼓吹戸人 貴人きじんの葬儀に際し、太鼓を打つたり笛を吹いたりする人 ◯輸車戸頭 葬儀の際に靈車れいしゃを引き出す人のかしら

【大意謹述】世上せじょう配偶者を亡つた者・兩親りょうしんを失つた者・年老いて子供のない者・病氣びょうきの重い者・何等かの理由で片輪かたわとなつた者・再び恢復かいふくしない病氣びょうきす者など、すべて自分で生計を立て得ない者共ものどもは、その不自由の程度におうじて經濟けいざい的の援助を致すことにする。高麗こ ま百濟くだら新羅しらぎなどの者で、我國わがくに來朝らいちょうしてから長い年をて、朝廷の恩德おんとくに感じ、歸化き かして日本のせいたまはられんことを希望する者には、全部その志願を許さう。又、一般の戸籍帳に、せいぞくかんする記載がないのは理窟りくつからいつて不穩當ふおんとうであるから、これを改正しなくてはならない。更に東大寺かんする各方面の建築工・山陵さんりょうかんする役人・役夫えきふ及び左京・右京・大和やまと河內かわち和泉いずみ攝津せっつ伊賀い が尾張おわり近江おうみ丹波たんば但馬たじま播磨はりま美作みまさか備前びぜん紀伊き いなどの兵士・防人さきもり鎭護ちんごの兵・宮中を守る兵卒へいそつ消火夫しょうかふかしら雜用ざつように使ふ下役したやく・葬儀に際して太鼓を打つたり笛を吹いたりする者・靈車れいしゃを引く人々のかしらなどは、すべて本年度の田租でんそ免除めんじょすることに決定した。

【備考】國民にたいして、寬裕かんゆうであられ慈悲じ ひぶかくあられる大御心おおみこころが、本勅ほんちょくの上に反映せられてゐる。皇室と國民との關係かんけいは、すべて、かくして一段の深さを加へ、親しみを厚うした。ここに諸外國とちがつたところがある。外國では大抵たいてい、征服者・征服者の關係かんけいからすべてが割出わりだされ、君主が國民にたいする場合にあたたが乏しい。寬裕かんゆう慈悲じ ひとはほとんど見られぬのである。見られても實例じつれいに乏しい。以上を對照たいしょうして考へると、日本皇室の國民にたいして加へらるる仁政じんせい泌々しみじみ、感ぜられるではないか。