20-4 皇后を立つるの宣命 聖武天皇(第四十五代)

皇后こうごうつるの宣命せんみょう(第四段)(天平元年八月 續日本紀

賀久詔者、挂於此宮現神大八州國所知倭根子天皇、我王祖母天皇始斯皇后朕賜日豆良久、女波婆美夜、我加久云、其父侍大臣助奉輔奉、頂供奉乍、夜中曉時休息無、淨明心、波波刀比供奉所見賜者、其人宇武何志事款事遂不得忘。我兒我王過无罪無有者、捨麻須奈麻須奈止負賜宣賜大命依而、加加久六年試賜使賜、此皇后位授賜。

【謹譯】かくりたまふは、けまくもかしこき、みやして現御神あきつみかみ大八州國おおやしまくにろしめしし倭根子やまとねこ天皇すめらみこと王祖母おおきみおや天皇すめらみことの、はじ皇后おおきさきあれたまへるりたまひつらく、おみなといはばひとしみや、がかくいふ、ちちはべ大臣おおおみの、すめらみかどあななひまつりたすけまつりて、いただかしこつかへまつるをしたまへば、ひとのうむがしきこといそしきことついわすれじ。おおきみあやまちなくつみなくあらば、てますな、わすれますなとおおせたまひりたまひし大命おおみことによりて、かにかくにとし六年むとせこころみたまひ使つかひたまひて、皇后おおきさきくらいさずけたまふ。

【字句謹解】◯挂けまくも畏き くちにかけて申し上げるのも恐れ多いとの意で、天皇御先祖ごせんぞに、臣下しんか天皇及び神々かみがみたいしていふ時の習詞しゅうし ◯此の宮に坐して この平城宮ならのみやられて ◯現御神 天皇おんことを意味する。この世にましまして、しかも完全な神格しんかくたまふとの意 ◯大八州國 全日本ぜんにっぽんを指す ◯倭根子天皇 普通には當代とうだい天皇を指したてまつことばであるが、この場合は先帝せんていの義となる ◯我が王祖母天皇 元正げんしょう天皇御事おんこと ◯朕に賜へる日 聖武しょうむ天皇皇太子こうたいしとなりたもうた時に、元正帝げんしょうていみことのりによつて、このきさきたまわつたのである ◯女といはばひとしみや 女といへばすべてが等しいと思つて、かくいふのではない ◯我がかくいふ われ元正帝げんしょうてい御事おんことである ◯其の父と侍る大臣 それは藤原ふじわら夫人ふじんの父として宮中に奉仕する大臣だいじんすなわ藤原ふじわら不比等ふ ひ とのことである ◯淨き明き心 忠義ちゅうぎに厚く少しもわたくしのない心 ◯波波刀比 この四字は宣長のりなが以來いらい不明とされてゐて、現在に至つても正確を得ない ◯其の人 不比等ふ ひ とのこと ◯うむがしき事 とくとしてよろこぶこと ◯款しき事 忠實ちゅうじつに働くこと ◯遂にえ忘れじ 永久に忘れ切れるものではないとの意 ◯我が兒我が王 元正帝げんしょうてい聖武しょうむ天皇おおせられた御詞おんことば ◯過ちなく 皇后の御身おんみに就いてうたのである。

【大意謹述】皇后こうごう冊立さくりつ藤原ふじわら夫人ふじんえらんだのは、必ずしもちんの意志ばかりにるのではない。口にするのも恐れ多いことではあるが、平城宮ならのみやにましまして、天皇として全日本ぜんにっぽん御統治ごとうちあらせられた先帝せんてい元正げんしょう天皇ちんの未だ太子たいしであつた時にこの皇后をちんたまひ、その時におおせられた。「女といへば全部が等しいものと思つてくいふのではない。この皇后を特にたまふに就いてはそれだけの理由がある。これの父である不比等大臣ふひとのおおおみは、朝廷を保護し天皇輔佐ほ さして、この上もなくとうといものとしてつつししむが上につつしんで奉仕をつづけ、夜半よ わにも明方あけがたにも少しも休息することなく、忠義ちゅうぎに厚く私心ししんなく常にちんつかへるありさを見ると、ちん不比等大臣ふひとのおおおみとく忠誠ちゅうせいとを永く忘れることが出來ないのである。我がである太子たいしよ。この皇后に何のあやまちなく、罪のない間は愛情をに移したり忘れたりしてはならぬ」と。ちんはこの時におおせられた御詞おことばしたがつて、ともかくも今に至る六年間實地じっち樣子ようすを見て、ここにじょを皇后に冊立さくりつすることを決定したのである。