15 王臣に忠孝を勸め給へる勅 元明天皇(第四十三代)

王臣おうしん忠孝ちゅうこうすすたまへるみことのり和銅元年七月 續日本紀

汝王臣等、爲諸司本。由汝等效力、諸司人等須齊整。朕聞、忠淨守臣子之業、遂受榮貴、貪濁失臣子之道、必被罪辱。是天地之恒理、君臣之明鏡。故汝等知此意、各守所職、勿有怠緩。能堪時務者、必擧而進。亂失官事者、必无隱諱。

【謹譯】なんじ王臣おうしんは、諸司しょしもとたり。汝等なんじらちからいたすにりて、諸司しょしじんすべから齊整せいせいすべし。ちんく、忠淨ちゅうじょう臣子しんしわざまもれば、つい榮貴えいきけ、貪濁たんだく臣子しんしみちうしなへば、かなら罪辱ざいじょくこうむると。天地てんち恒理こうり君臣くんしん明鏡めいきょうなり。ゆえ汝等なんじらり、おのおの所職しょしきまもり、怠緩たいかんあることなかれ。時務じ むすぐれたるものは、かならげてすすめ、官事かんじ亂失らんしつするものは、かなら隱諱いんきすることなからん。

【字句謹解】◯諸司の本 官吏かんり全體ぜんたいの中心 ◯齊整 秩序のととのふこと ◯忠淨 忠義ちゅうぎに厚く心中しんちゅうに一てんくもりもない意 ◯臣子の業 忠孝ちゅうこうの道 ◯榮貴 一門はさかえ、身はとうとい地位にのぼる意 ◯貪濁 たんは限りなく物を求める心、だくはにごつた心、つまり足ることを知らないで常に求め、心中こころくもつてゐる意、忠淨ちゅうじょう反對はんたいの義 ◯罪辱 我が身は罪にち、一門はから爪彈つまはじきをされる ◯天地の恒理 天地間にある常にかわらない原理 ◯君臣の明鏡 君臣くんしんとしての道をおしへる標準の意 ◯所職を守り 責任を守ること ◯怠緩 自分の職務に忠實ちゅうじつでない意 ◯時務に堪れ 時代に合致がっちした事務をる者 ◯亂失する者 整理出來ない者 ◯隱諱することなし 事實じじつをかくしたり、はばかつたりして遠慮しない。

【大意謹述】汝等なんじら王臣おうしんは諸官吏かんりの中心である。汝等なんじらが努力につて、始めて一般の官吏かんりは秩序をととのへることが出來る。忠義ちゅうぎの心が厚く、心中しんちゅうに一てんけがれもなくて、しんとしてきみたいするちゅう、子として親にたいするこうの道を守れば結局は我が身及び一門がとうとい地位と榮譽えいよとを受けるであらう。その反對はんたいに、萬事ばんじむさぼり、心がにごつて、忠孝ちゅうこうの道を忘れれば、必ず一しんは罪にち、一門はから爪彈つまはじきされるとちんかつて耳にしたことがある。この原理こそは天地を通じて常にかわらず、君臣間くんしんかん行爲こういてらす明らかな標準である。ゆえ汝等なんじらは今ちんが言つた意味を十分に理解し、各自が責任を固く守つて、職務をおこたることがあつてはならない。時勢じせい合致がっちした事務をよく熱心に處理しょりした者は必ず拔擢ばってきして、地位を進め、官吏かんりとしての任務にせいを出さないでこれを整頓出來ない者は、必ずはばかることなくつみすることを、ここに申し渡しておく。

【備考】忠孝ちゅうこうぽんが、すべての人倫じんりんの根本で、官吏かんりとても、特別の道德どうとくがあるのではない。勿論もちろん、才能や才幹さいかんなども必要にちがひないが、根本は、忠孝ちゅうこうにある。忠孝ちゅうこうもとで、才能はすえであり、前者がしゅで、後者はかくである。本勅ほんちょくにおいては、忠孝ちゅうこうぽんを以て、不朽ふきゅう眞理しんりとしてこれを云爲うんい根幹こんかんとすべきむねおおいだされ、ぎにその才幹さいかんについて、心を注ぐべきことを注意せられてゐる。官吏かんりとして心得ねばならぬ肝腎かんじんは、これ以外に出ない。今も昔も、やはりこのてんは同一だとへる。

 思ふに、この敎戒きょうかいある所以ゆえんは、當時とうじ王臣おうしん中のおもなもの及び地方の國司こくし豪族ごうぞくらのうちに、利己り こ主義にとらはれて國家本位に行動せず、同時に庶民から搾取さくしゅを重ねることを以て當然とうぜんとし、庶民を奴隷視どれいしするやうな傾向が多かつたからである。要するに、それは大化たいか改新かくしん精神せいしんを失つた藤原政治の餘毒よどくで、そのあくの根が四方に伸びたのであつた。けだ元明げんみょう天皇は、深くこれをなげかれ、「忠淨ちゅうじょう」を守るべきことを諭さとし、「怠緩たいかん」を禁ぜられたのであらう。しか王臣おうしんらは、く「官事かんじ亂失らんしつ」しなかつたであらうか。遺憾いかんながら、これを疑はざるを得ぬほど、彼等は、あまりに利己り こに傾いてゐた。それがつもり、重つて藤原政治の行詰ゆきづまりとなり、一てんして、武門ぶもん政治の確立を見るに至つたのである。