11 庸調を賜うて官民を慰諭せられし詔 孝德天皇(第三十六代)

庸調ようちょうたもうて官民かんみん慰諭い ゆせられしみことのり(大化三年四月 日本書紀

惟神我子應治故寄。是以與天地之初、君臨之國也。自始國皇祖之時、天下大同、都無彼此者也。

旣而頃者、始於神名天皇名名、或別爲臣連之氏、或別爲造等之色。由是率土民心、固執彼此、深生我汝、各守名名。又拙弱臣連伴造國造、以彼爲姓、神名王名、逐自心之所歸、妄付前前處處。爰以神名王名、爲人賂物之故、人他奴婢、穢汙淸名。遂卽民心不整、國政難治。

是故今者、隨在天神、屬可治平之運、使悟斯等、而治國治民、是先是後。今日明日次而續詔。然素賴天皇聖化、而習舊俗之民、未詔之間、必當難待。故始於皇子群臣、及諸百姓、將賜庸調。

【謹譯】惟神かむながらみこ應治し らさむとことさせき。ここもっ天地てんちはじめより、きみしらくになり。はじめてくにらせし皇祖すめみおやときより、天下てんか大同だいどうすべ彼此かれこれといふことなかりき。

すでにして頃者このごろかみみな天皇てんのう名名みなみなよりはじめて、あるいわかれておみむらじうじとなり、あるいわかれて造等みやつこたちしなとなれり。これりて率土そっと民心みんしんかたくな彼此かれこれとらへ、ふか我汝がじょしておのおの名名みなみなまもる。また拙弱つたなおみむらじ伴造とものみやつこ國造くにのみやつこは、かれかばねとなすかみみなおうみなもって、おのずかこころところしたがひて、みだりに前前ひとびと處處ところどころく。ここかみみなおうみなもて、ひと賂物まいないとなすがゆえに、ひと奴婢ぬ ひれて、きよみな穢汙け がす。ついすなわたみこころととのはずして、國政こくせいおさまりがたし。

ゆえに、いま隨在天神かむながらもおさことむくべきみよあたりて、さとらしめ、くにおさたみおさむること、これさきにしこれあとにす。今日きょう明日あ すいでつづきてみことのりせむ。しかれどももとより天皇てんのう聖化せいかたよりて、舊俗きゅうぞくならへるたみいまみことのりせざるあいだは、かならまさがたかるべし。ゆえ皇子おうじよりはじめて群臣ぐんしんしょせいおよびて、まさ庸調ようちょうたまはらむとす。

【字句謹解】◯惟神も かむながらとは天皇かみでおはしますままにの意で、現在の御身おんみは人にましても、神である實質じっしつを備へてゐられるから、その御姿みすがたままに天下を治めるやうにといはれたのである。〔註一〕參照 ◯故寄させき 委任する意。これ天孫てんそんおおせられた神勅しんちょく、「葦原あしはら千五百ち い ほあき瑞穗國みずほのくには、子孫うみのこきみたるべきのくになり」を指したてまつつたので、豐葦原國とよあしはらのくに天孫てんそんに委任されたことである ◯君と臨す國 萬世ばんせいけい皇統けいとうが支配される國 ◯始めて國を治らせし皇祖 神武じんむ天皇を申したてまつる ◯天下大同 どうは秩序立つこと、したがつて天下太平と同意 ◯都て彼此といふことなかりき 君臣くんしん區別くべつが整然としてゐて、以下に述べるやうな混亂こんらんが少しもなかつた ◯頃者 近頃の意 ◯ 大身たいしんの意、朝廷に仕へる人をたっとんでいふ語 ◯ 『古事記でん』に群主ぐんしゅの意とあり、異說いせつが多く、邑長ゆうちょう・部族長と考へるのが穩當おんとうだとされてゐる ◯率土の民心 國中くにじゅうの人々の心 ◯造等の色 しなうじと同じ ◯固に彼此と執へ 神裔しんえいだとか皇裔こうえいだとかいつて、みずかたかぶり人をいやしめる類 ◯我汝を生ず 自分と對手あいての間に區別くべつをつける ◯自ら心の歸る所 自分が機嫌をとりたい人々 ◯妄りに前前處處に付く この部分『孝德紀こうとくき』には『ほ人々をふがごとし』と細書さいしょしてある。これが後人こうじんの私記であることは明らかであらう。勝手に一般の人々に神名しんめい王名おうめいをつける。この意は後文こうぶん說明せつめいされてゐる通り、地位の低い者にまで神名しんめい王名おうめいをつける傾向があり、それを他人ひ とおくつて、おくられた人をよろこばすため、とうとい名がますますけがれてくることをいつたのであらう ◯人の賂物となす 奴婢ぬ ひおくものとする意 ◯淸き名を穢汙す きよとは神名しんめい王名おうめいを指す。神名しんめい王名おうめい奴婢ぬ ひにつけ、それをおくものにするので、つまり神名しんめい王名おうめいその物をおくものにするからけがれるといつたのであらう ◯民の心整はず 民の心が安定しないことで、上文の「天下大同だいとう」とあるのにおうじた語、民心みんしんが不安だから國政こくせい治まりがたしとおおせられた ◯隨在天神 これを「かむながらも」とくんずる。大御神おおみかみ神勅しんちょくしたがたてまつる事 ◯運に屬りて 時機にあたつて ◯斯れ等 前文におおせられた「かむながら」の道にそむいた人々 ◯悟らしめ その行爲こうい不當ふとうさとらせる ◯是を先にし是を後にす あるいは先にしあるいは後にして、次々にと便利にしたがつてみことのりしてゆくとの意 ◯必ず當に待ち難かるべし 次々にとみことのりの出るのが不安で仕方がないであらう。〔註二〕參照 ◯諸百姓 公民こうみんどうの意 ◯庸調を賜はらむとす 民からたてまつよう調ちょうとを賜物たまものとして、舊習きゅうしゅうからだっし切れない人々の不安を除かせようとされた。

〔註一〕惟神 「惟神かむながら」とある下に、「惟神かむながらとは神の道にしたがふをふ。おのずか神道しんどうるなり」と細書さいしょしてある。明らかに「かむながら(惟神)」のちゅうで、神の定められた道にしたがふことをいひ、同時に我國わがくにに自然に行はれた道がすなわちそれであるとかいすることが出來る。「かむながら」とは、現在「かむながらのみち」として知られてゐるもので、神道しんどう上でも各種の異論がある。一たい、道とは自然に存在したものか(賀茂眞淵)、神が造りたもうたものか(本居宣長)、聖人せいじんが造りひろげたものか(太宰春台)江戸時代から、この三見解があり、現在の神道しんどう學者がくしゃ本居もとおりせつつてゐるものが多い。その人々からいへば、このちゅうの「おのずか神道しんどうるなり」は「かむながら」の說明せつめいとして少しく妥當だとうく。ゆえに『集解しゅうかい』にも「十三字は後人こうじんの加ふる所、ぶんをなさず」といひ、『通釋つうしゃく』にも「近き頃はことばかむながら―を心得こころえあやまりて、自然に行はるる道理をへることばのやうに思ふめれど、さる空理くうりへることにあらず。いにしえはみな實物じつぶつありて、それにいてへることばなり。(中略)しかるにこれを自然の事のやうに、心得こころえあやまれるその根源は、全く注文ちゅうぶんに、神道しんどうしたがひ、おのずか神道しんどうあるなりとある、攙入文さんにゅうぶんあざむかれたるなり。いひもてゆけば、何の事とも通へぬなり」と否定してゐる。

〔註二〕必ず當に待ち難かるべし 大化たいか改新かいしん氏族しぞく制度の弊害へいがいを除かれたが、このみことのりのやうに古來こらいかばねの意義を限られたのでは、人々は不安であるのは當然とうぜんである。この上次々に各種のうじに就いてのみことのりたまふとある以上、舊習きゅうしゅうからだっし得ない人はじつに不安で、もう全部だといはれるまでは、居ても立つてもられなかつた。ゆえ天皇から賜物たまものがあつて一同の不安をなぐさめられたのだとつたへられてゐる。

〔注意〕本詔ほんしょうには一般の民情みんじょうなぐさめ、社會しゃかいの秩序を整正せいせいしてゆく事に努められた精神せいしんあらはし、大化たいか改新かいしんの根本とされた皇室中心主義に立つ趣旨しゅしあきらかにされてゐる。『あらたに百かんを設け位階いかいあらわすのみことのり』(大化二年八月、日本書紀)と類似てんが多い。

【大意謹述】いにしえ天照大御神あまてらすおおみかみ高天原たかまのはらに於いて、邇々藝命ににぎのみことむかはれ、豐葦原とよあしはら瑞穗國みずほのくにを授けられ、「かみである實質じっしつを備へてゐる能力のままに、授けられた國を治めなければならない」とおおせられ、御委任ごいにんになつた。この神勅しんちょくしたがつて天地開闢かいびゃく以來いらい天孫てんそんが引きつづいてきみとして日本を統治されてゐる。最初に中國ちゅうごくに進出してこれを平定せられた神武じんむ天皇の時から天下が秩序立つて、君臣くんしん間の區別くべつ混亂こんらんするやうなことは絕對ぜったいになかつたのである。

 しかるに近頃は、神の御名み な天皇御名み なを始めとうと門地もんちの者の名までが、あるい諸種しょしゅに別れておみとかむらじとかのうじとなり、更にそれから國造くにのみやつこ郡領ぐんりょうなどを區別くべつするものとなつてゐる。ゆえに一般國民は、思ふまま神裔しんえい皇裔こうえいしょうし、自分との人々とを區別くべつして、各自がそれぞれいろいろな名を堅く守る傾向があり、特に別に系統もない臣連おみむらじ伴造とものみやつこ國造くにのみやつこなどは、今や一般のせいと化した神名しんめい王名おうめいを、自分が機嫌をとらなくてはならない人々の選んだままに付けて、今度は勝手に自分のの向いた方にその名をけさせる有樣ありさになつた。とうと神名しんめい王名おうめいを相手のに入るやうに勝手に濫用らんようしたり、意のままに出來たりするために、自分の奴婢ぬ ひに至るまでそれをけさせて人へのおくものとし、その相手をよろこばせるとつた具合だ。かうした結果全くきよとうとい名をけがしてゐる。これでは一こくの人民が安堵あんどする筈はなく、人心がととのはないところに、國政こくせい滿足まんぞくに行はれよう理由わ けがない。

 右にあるやうな弊害へいがいを改め、現在天神てんじん敎戒きょうかいのままに日本を治める時にあたつて、以上の人々にその不當ふとうさとらせ、國家の靜平せいへい民心みんしんの平安を計るべく、次々にちんの意をみことのりとして發布はっぷするつもりである。しかし、素々もともと歷代れきだい天皇御仁慈ごじんじ手賴た よつて、今まで行はれてゐた風俗習慣になれて者共ものどもは、ちんが全部をみことのりし終らないうちは何となく不安を感じよう。つてこれを察し、皇子おうじ以下群臣ぐんしん、及び諸人しょにんに至るまで、ここによう調ちょうの物品をたもうて、その心をなぐさめるやうにした事を告げ知らせる。

【備考】氏姓しせい混亂こんらんは、當時とうじの一大弊害へいがいで、士民しみん如何い か左樣そ うした方面において、無智む ちであり亂暴らんぼうであつたかが想察そうさつせられる。これを改革して、穩正おんせいせしめる事は却々なかなか、容易でない。本詔ほんしょうにおいては、なりにするどくその士民しみん糺彈きゅうだんせられてゐるが、一方において、彼等に安心なさしめるやう配慮せられ、周到しゅうとう思召おぼしめしのほどを披瀝ひれきされてゐる。しんに有難いおおせだとはねばならない。