10-7 東國の朝集使を訓諭し給へる詔 孝德天皇(第三十六代)

東國とうごく朝集使ちょうしゅうし訓諭くんゆたまへるみことのり(第七段)(大化二年三月 日本書紀

夫爲君臣、以牧民者、自率而正、執敢不直。若君或臣、不正心者、當受其罪、追悔何及。是以凡諸國司、隨過輕重、考而罰之。又諸國造違詔、送財於己國司、遂倶求利、恒懷穢惡、不可不治。念雖若是、始處新宮、將幣諸神、屬乎今歳。又於農月、不合使民。緣造新宮、固不獲已。深感二途、大赦天下。自今以後、國司郡司、勉之勗之、勿爲放逸。宜遣使者、諸國流人及獄中囚人、一皆放捨。

【謹譯】君臣くんしんとなりて、もったみやしなものは、みずかひきゐてたださば、いずれあえなおからざらむ。きみあるいしんこころただしくせずば、まさつみくべし、うてゆともなんおよばむ。ここもっおよもろもろ國司こくしとがかるおもさにしたがひて、かんがへてばっせむ。またもろもろ國造くにのみやつこみことのりたがひて、ざいおのれ國司こくしおくり、ついとももとめ、つね穢惡けがらわしきいだくは、おさめざるべからず。おもふことかくごとしといえども、はじめて新宮しんぐうて、まさ諸神しょしんみてぐらをたてまつらんとすること、今歳こんさいあたれり。また農月なりわいのつきいてたみ使つかからざれども、新宮しんぐうつくるにりて、すでむことをず。ふかく二かんじて、おおい天下てんかゆるす。自今じこん以後い ご國司こくし郡司ぐんじつとめよつとめよ、放逸ほういつをすることなかれ。よろしく使者ししゃつかわして、諸國しょこく流人るじんおよ獄中ごくちゅう囚人めしゅうどを、一にみな放捨ほうしゃせよ。

【字句謹解】◯君臣となりて きみの地位に居て大勢おおぜいの民を率ゐる者はの意、これは國司こくしと人民との關係かんけいに就いて言はれたのである ◯自ら率ゐて正さば 正さばは正さずんばの意、きみが御自身で最好さいこうの模範を示して國民への感化かんかあたへなければといつたほどの義 ◯孰か敢て直からざらむ 誰が自分から進んで行動を正しくしようか。しんきみ萬事ばんじを模範とするから、暗君あんくんもとには惡臣あくしんが集り、明君めいくんもとには良臣りょうしんあつまるといつた ◯考へて よく事實じじつを調査して ◯穢惡 不正の意 ◯治めざるべからず 取締らなくてはならない ◯新宮 新しい神殿しんでん ◯今歳に屬れり 今年にそれを行ふことになつた ◯農月 農繁期のうはんきのこと、農繁期に民を使役しえきしてはならないことは聖人せいじんおしえとして支那し な古典に多くしるせられてをり、我が國でも聖徳太子しょうとくたいしの十七憲法中に明記してある ◯二途に感じて 二とは諸神しょしん幣帛ぬ さたてまつることと、新宮しんぐうを造ることとである ◯天下に赦す 天下の罪人をゆるすこと、神事しんじ及び國家の慶事けいじあたつて大赦たいしゃする事は東西に例が多い ◯勗めよ 職務にせい出すこと ◯放逸 我儘わがまま勝手な行動 ◯流人 流罪るざい服役ふくえき中の人々 ◯放捨 自由な身にする。

【大意謹述】一たい、國家の君主として多數たすうの國民を統治する者が、自分から最好さいこうの模範を示して國民を導かないならば、誰が進んで正しきすぐ行爲こういをする者があらうか。きみが正しい心でい模範を示した時に、始めてしんはその感化かんかを受けて正しくなるのである。ゆえきみしんも、正しい心を持たないと、すなわ天神あまつかみの罰を受けるであらう。その時になつて後悔こうかいしても、及ばない。ゆえ今囘こんかい罪を犯した諸國司こくしは、その罪の輕重けいちょうを十分に調査したのちに罰せなければならず、又、國造くにのみやつこみことのりむねしたがはず、財物ざいぶつを自分の關係かんけいしてゐる國司こくしに送り、結局協同して利益りえきを求め、常々からおのれの職を忘れて不正手段をのみ考へてゐる者は、取締らなければならない。

 みことのりそむいた國司こくし國造くにのみやつこ罪狀ざいじょうによつて重く處刑しょけいしなければならぬとちん考慮こうりょしたが、又、考へ直して見るのに、今年は新しく宮々みやみやを作つて諸神しょしん幣帛ぬ さたてまつる年にあたり、つ、いにしえから農繁期のうはんきに民を使役しえきさせるなとあるのを破つて、新宮しんぐうのために心苦しくも使用せざるを得ない。この二を深く考へて、朕はここに天下中にれいして、罪人をゆるすことにした。よっ國司こくし郡司ぐんじは心を入れかへ、今後、職務に忠實ちゅうじつ治績ちせきをあげ、再び勝手な不正行為こういをするな。更に諸國に使者をつかわして、各地に服役ふくえき中の流罪るざいの刑を受けた者、及び獄中ごくちゅうの罪人を、ことごとく自由に放免ほうめんするがい。

【備考】以上の御言葉みことば拜誦はいしょうすると、正義の上から、官吏かんり非違ひ いあきらかにされたところに、秋霜しゅうそう烈日れつじつの如きがある。が、一方において、寬典かんてんを以てのぞまれ、彼等の罪をいて更生せんことを諭さとされたところは、春日しゅんじつ和風わふうの如き溫味あたたかみがある。たんに威力のみを以てしては、士民しみんは、心からふくしない。ところが、更に溫味あたたかみを以てせらるる時、彼等はくなづき、心から歸服きふくする。今、寬嚴かんげん共によろしきを得た大御言葉おおみことばに接し、官吏かんりらは、いづれも、衷心ちゅうしん、そのい、新しく更生してちゅういたさうと考へたであらう。