10-6 東國の朝集使を訓諭し給へる詔 孝德天皇(第三十六代)

東國とうごく朝集使ちょうしゅうし訓諭くんゆたまへるみことのり(第六段)(大化二年三月 日本書紀

大市連所犯者、違於前詔。前詔曰、國司等莫於任所、自斷民之所訴。輙違斯詔、自判莵礪人之所訴、及中臣德之奴事。中臣德亦是同罪也。涯田臣之過者、在於倭國被偷官刀、是不謹也。小綠臣、丹波臣、是拙而無犯。忌部木菓、中臣連正月、二人亦有過也。羽田臣、田口臣、二人竝無過也。平群臣所犯者、三國人所訴有而未問。以此觀之、紀麻利耆拖臣、巨勢德禰臣、穗積咋臣、汝等三人有所怠拙也。念斯違詔、豈不勞情。

【謹譯】大市連おおちのむらじおかところは、さきみことのりたがへり。さきみことのりいわく、國司こくし任所にんしょいて、みずかたみうったふるところだんずるなかれと。すなわみことのりたがひて、みずか莵礪う とひとうったふるところおよ中臣德なかとみのとくやっこことことわれり。中臣德なかとみのとくまた同罪どうざいなり。涯田臣きしたのおみとがは、倭國やまとのくにりてつかさかたなぬすまる、つつしまざるなり。小綠臣おみどりのおみ丹波たにわのおみつたなけれどもおかすことなし。忌部木菓いんべのこのみ中臣連なかとみのむらじ正月むつき、二にんまたとがあり。羽田臣はねだのおみ田口臣たぐちのおみ、二にんならびにとがなし。平群へぐりのおみおかところ三國人みくにびとうったふるところあるもいまはず。これもっこれれば、紀麻利耆拖臣きのまりきたのおみ巨勢德禰臣こせのとくねのおみ穗積咋臣ほづみのくいのおみ汝等なんじらにんおこたつたなところあるなり。みことのりたがふことをおもふに、こころいためざらむや。

【字句謹解】◯前の詔 やはり大化たいか元年八月のみことのりのこと。それにはこの文にあたる部分は「又國司こくしくににありて罪をことわることを得ず」と拜察はいさつ出來る ◯任所 赴任ふにんした土地 ◯斷ずるなかれ 裁判してはならない ◯輙ち 事の度々ある時に用ゐる語である ◯莵礪の人 駿河するがのくに有度郡うどごおりのことだと『倭名抄わみょうしょう』にある ◯ 所謂いわゆる「やつこ」で農奴のうどの意 ◯小綠臣 けい未詳みしょう ◯丹波 これも不明、兩人りょうにん共に名がけてゐる ◯拙なけれども犯すことなし 別に治績ちせきはあがらないがみことのりに反した行動はない ◯羽田臣 『推古紀すいこき』三年には波多臣はたのおみとある ◯田口臣 『推古紀すいこき』元年には蘇我田口臣そがのたぐちのおみとある。これは果して同人どうにんであるか不明で、この兩人りょうにんも名がけてゐる ◯穗積咋臣 さき穗積臣咋ほづみのおみくいとあつた人のこと ◯汝等三人 特にこの三人をここで云々うんぬんされる理由は不明とされてゐる ◯情を勞めざらむや 氣持きもちが非常にみだれる意で、じょうに於いて悲しいこと。

【大意謹述】次に大市連おおちのむらじまた去年八月のみことのりそむいた行動を執つた。それにはちんの名のもとに「國司こくしなどは、赴任地ふにんちに於いて決して人民の訴訟をみずから裁いてはならない」と明らかに記してある。それにもかかわらず、この大市連おおちむらじは、數度すうど詔旨しょうしを犯し、駿河するがのくに有度郡うどごおりの人の訴訟、及び中臣德なかとみのとく農奴のうどかんした裁判をみずから行つてゐる。これを大市連おおちむらじ關係かんけいさせた中臣德なかとみのとくまた同罪といはなければなるまい。涯田臣きしたのおみやまとくに官刀かんとうを盗まれた。平常態度をつつしまない結果である。次に小綠臣おみどりのおみ丹波たにわのおみとは、別に治績ちせきはあがらないが、みことのりむねを犯したことはない。忌部木菓いんべのこのみ中臣連なかとみのむらじ正月むつきの二人は罪があり、羽田臣はねだのおみ田口臣たぐちのおみの二人は共に罪はない。又、平群へぐりのおみの犯した罪は、三國人みくにびとが訴へても何等なんら取り合はなかつたことである。

 以上、國造くにのみやつこ、及び朝集使ちょうしゅうしの報告によれば、紀麻利耆拖臣きのまりきたのおみ巨勢德禰臣こせのとくねのおみ及び穗積咋臣ほづみのくいのおみの三人は、特に職務をおこたり、官職かんしょくみだした事が多い。ちんが下した詔文しょうぶんになぜたがふやうなことをしてくれたのかと、じつに朕は心のうちこれなげけないわけにはかなかつた。